広島平和記念資料館の被爆人形は、「怖いから撤去」なのか?

8月1日〜3日の間、ラジオ番組制作のため、広島市内で取材を行ってきた。「被爆をいかに語り継ぐのか」がテーマだった。定番の広島平和記念資料館も訪れたが、資料館は現在、改修工事が行われている。2010年に公表された「広島平和記念資料館展示整備等基本計画」に基づき、建物の老朽化対策に加え、「被爆の実相をより分かりやすく伝えるため」にと、展示内容も見直されるためだ。


ところで今回の取材では、街の声などを聞く中で、広島平和記念資料館に展示されているジオラマ人形、通称「被爆再現人形」についての話題が何度もあがった。被爆再現人形は、リニューアル後には展示から撤去されることになっている。


この撤去に関して賛否があるが、主にネット上で、「被爆人形が<怖い>というクレームを受けて撤去されようとしている」と話題になったことがある。


痛いニュース(ノ∀`) 「『人形が怖い』との意見で被爆再現の人形撤去へ…原爆資料館
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1754786.html


Naverまとめ「【悲報】『人形が怖い』との意見で被爆者の人形を撤去の方針…原爆資料館
http://matome.naver.jp/odai/2136358548947606601


これらのまとめサイトでソースとなっているのは、中国新聞が掲載した以下の記事だ。


原爆資料館被爆者人形撤去へ 実物資料重視へ広島市 来館者には賛否
http://www.hiroshimapeacemedia.jp/?p=9116


なお、「痛いニュース」では「『人形が怖い』との意見で被爆再現の人形撤去へ」とタイトルがつけられているが、まとめられた元スレッドのタイトルは、「原爆資料館:被爆再現の人形撤去へ」というもので、元々の中国新聞のタイトルのまま。これを、「痛いニュース」や「Naverまとめ」などが、タイトルを改変し、一部の反応を抽出してまとめ、拡散していたことがわかる。しかし、少なくとも市側は、「人形が怖がられるので撤去する」とは言っていない


中国新聞の記事の中では、確かに

この日、市議会予算特別委員会で議題に上った。委員の一人が「旅行代理店のアンケートに、人形が怖いとの意見があった」と指摘。石田芳文・被爆体験継承担当課長は「本館リニューアル後は、展示しない方向で検討している」と述べた。本館は16〜17年度に改修を計画している。
http://www.hiroshimapeacemedia.jp/?p=9116


というやりとりが紹介されている。そのため、委員が紹介した「人形が怖い」との意見を元に、撤去が決定されたとの印象が与えられる。では、実際にはどのようなやりとりがあったのか。


委員の質問が行われたのは、「平成25年度予算特別委員会」の3月14日(2013年)。委員はそこで、先立って旅行代理店にアンケートを行ったと述べつつ質問を行っている(参照)。


ここでの主なテーマは、資料館の入館料についてだった。その流れの中で委員より、アンケートの中に記されていた「ろう人形の展示が怖いので,怖くない順路もつくってほしい」という意見も紹介されている。これに対して、広島市被爆体験継承担当課長から、「このろう人形については,一応リニューアル後は展示しないという方向で検討している」と回答されている。


ちなみに人形の撤去そのものは、計画が公表された2010年7月時点で既に明らかにされている。基本計画の段階で既に、「ジオラマ模型」について、「本館(被爆の実相)では、実物資料の展示を中心としたありのままを伝える展示とするため、撤去や代替展示が望ましい」と記されている(参照)。だから担当課長も、「(そもそも)リニューアル後は展示しない」と応じたわけだ。


だが、このやりとりが抜粋され、中国新聞で紹介されると、委員「旅行代理店のアンケートに、人形が怖いとの意見があった」→広島市「リニューアル後は、展示しない方向で検討している」という流れで意思決定されたかのように読めてしまう。しかし、実際のアンケートの要望も、「別の順路をつくってほしい」というものであったし、委員も「撤去」を要望してはいない。さらには、撤去そのものは、質問が行われる前から決定されていた。中国新聞の記事には誤りは書かれていないが、やや紛らわしいと言える。


その後広島市は、人形の撤去について、ウェブサイト上に次のように記している。

凄惨な被爆の惨状を伝える資料については基本的にありのままで見ていただくべきという方針の下、この度被爆再現人形を撤去することとしたものであり、見た目が恐ろしい、怖いなどの残虐な印象を与えることなどを懸念して撤去するものではありません。(…)
被爆再現人形は、非常に印象に残り、当時の情景を伝えているという展示だというご意見があります。しかし、一方で被爆者の方は、無残な遺体がたくさんあり、男女の区別さえつかず、親子でさえ見分けることができない情景を体験されています。そうした状況からは、被爆再現人形に対して「原爆被害の凄惨な情景はこんなものではなかった。もっと悲惨だった」といったご意見もあります。展示をご覧になられる方の見方によっては、原爆被害の実態を実際よりも軽く受け止められかねません。来館された全ての方々に悲惨な被爆の実相を現実に起こった事実として受け止めていただき、こうした惨劇を今後二度と繰り返してはならないという思いを心に刻んでいただきたいと考えており、そのためにも誰が観覧しても個々人の主観や価値観に左右されない実物資料の展示が重要と考えております。
http://www.city.hiroshima.lg.jp/www/contents/1371543633862/index.html


平和資料館には、現在も多くの実物展示が行われている。また、写真や動画も多く展示されており、その中には、被爆者の身体が映されたものも多い。そうした中で、「Session-22」で取材した際広島平和記念資料館・副館長の増田典之氏は、「怖い<から>撤去というのは都市伝説的」であり、むしろもっと「原爆の悲惨さを伝えるため」にこそ、リニューアルの中身を検討したいという趣旨のことを述べていた。


一方で、人形撤去反対の署名活動なども行っている、撤去反対の活動をしている方のロジックを見ると、「例え作り物であっても、直感的に子供達に訴える」「最も強烈なメッセージを発してきた『被爆再現人形』を撤去しなければならない、明確な理由がない」と反論していることが分かる。すなわち、「怖い<から>という理由で撤去するな」という主張がなされているわけではない(参照)。


署名を行った方はその後、請願を行い、議会で請願内容の説明もしている。

資料館リニューアル全般につきましては、資料館更新計画や基本計画、また資料館展示検討会議の議事録などを拝見する中で、拝観ルートの見直しや実物展示により被爆の実相に迫り、被爆者や御遺族の心情に寄り添っていくという趣旨は理解できたものの、人形撤去に導いた明確な議論や理由が見当たらないため、人形撤去が妥当という解釈に至ることができません。なぜ、現代の最新技術を用い、もっと被爆の実相に迫る人形をといった、これまでの人形展示を発展させる建設的な議論が出てこないのでしょうか。
平成26年 9月29日総務委員会−09月29日-01号


要は、「怖いから撤去する/怖いから撤去などとんでもない」というところが論点になっているのではなく、「人形が被爆の実相を伝える手段として何が適当か」「意思決定のプロセスはどうあるべきなのか」といった論点がとりあげられていることが分かる。これに対し、広島市の市民局長からは、人形は常設展示からは撤去するものの、保存したうえで、企画展などの際には活用したいと応じている(参照)。


最後に雑感を。平和記念資料館を見学・取材してみて驚いたのは、館内の多くの場所が撮影可能であり、また熱線により変形した瓦など実際に触ることのできる実物展示も多いこと。また、海外からやってきたひとが多く、館内も多言語対応していること。そんななか、被爆再現人形の前で写真を撮る人は多く、国内外問わず多くのひとが足を止めていた。写真を撮り、SNSなどでアップし、人と語り合いたくなる――。被爆再現人形は現状、そうした「目玉」の一つとしての機能を帯びているとは言えそうだ。


被爆再現人形でなければダメだとは思わない。議会でも、代わりに「3DCG」などはどうかいった提案が議員から出ている(参照)。とはいえ、人形には人形の機能がある。だからリニューアルするのであれば、人形同様、訪れた人が足を止め、写真を撮り、「広島平和記念資料館に行ってきた」と人に見せ、語り合いたくなるような展示をしてほしい。もちろん、生存されている被爆者の方々が納得されるようなものであるという前提のうえで。