「裏をとっている」とは何か
元ジャーナリストという謎の肩書きを名乗っておられる上杉隆氏が、先日「“放射能汚染”の真実…福島、郡山市に人は住めない」という、センセーショナルな見出しの記事を書き、話題になった。というか炎上した。
「福島、郡山市に人は住めない」の根拠として記事中に提示されているのは、主に「自分が測ったら、地元メディアの報道よりも数値が高かった」「そのデータをみせたら、外国人記者が驚いてみせた」の二つ。
で、ツイートがまとめられているように、前者については、地元で計測を続けている方からの批判が行われ、後者については、そもそもその発言自体がなかったということで削除された。
【削除された書き込み】
「信じられない。とてもではないが、人が生活できるような数値ではない」
米ウォールストリート・ジャーナルのエリー・ウォーノック記者と、セーラ・ベルロー記者はあきれたようにこうつぶやいた。
先週、福島から東京に戻ったばかりの筆者が、2人の米国人記者に、原発から50キロ以上離れた福島市と郡山市の空間線量の値を伝えたときの反応がこうである。
【削除後のコメント】
【訂正】3月13日発行の夕刊フジ、上杉隆氏「原発崩壊」の連載記事(2回目)で、ウォールストリート・ジャーナル記者の発言はありませんでした。削除しました。
発言の有無に焦点が当たった反応も多いんだけれど、そもそも忘れてはいけないと思うのが、「福島、郡山市に人は住めない」という見出しで煽る、その根拠の提示があまりに「雑」だったということ。もしかしたら、「見出しは自分でつけたのではない」と言うのかもしれないけれど、本質的な部分は変わらないと思う。というわけで、「測った数値」部分にも、丁寧な応答が待たれるところ。
ところで以前、上杉氏と同じニコ生に出演した時、彼にとって<裏をとる>というのはどういうことなのか、という疑問をますます強めるやりとりがあった。上杉氏がかつて、「このままいくと今年は自殺者が5万人を超える」という情報を発信した件について尋ねた時だ。
上杉氏は8月、イベントで次のような発言をしていた。
(上杉)あとね、もう一つ大変なのは、あれ、あのね、これをね、これ多分、言っちゃいけないのか? 言っていいの? あダメだ。えとね。ある、ある、ある政治家の方がちょっと調べたんですけど、えとね、えと、自殺者数が、1月2月3月は、ま、日本は今年間3万人というとんでもない数字なんですけど、1月2月3月までは、ちょっと、例年より少し低めに推移してたんですね。
(畠山)政権交代をしてから減ったというようなことを言ってましたよね。
(烏賀陽)失笑
(上杉)そうしたらですね、4月5月6月7月、もうこのペースで行くと5万人を超えるという。
(烏賀陽)あー。
(上杉)沖縄のあの子が自殺したせいじゃないと思うんですね。朝日新聞はそういってますけど。
(烏賀陽)ふっふっふっふっふっふ。
(上杉)はっきり言って福島県からその周辺が非常に多くなっています。で、これはね。
(烏賀陽)それは本当ですか?
(上杉)ほんとほんと。でますよたぶん。これはね、チェルノブイリのときも、ベラルーシとウクライナの、女性、若い女性の自殺率が高くなって、で91年かな、率でいうと世界一になるんですよねベラルーシが、あの自殺の、あのルーマニアを抜いて。それは、やっぱり、えー放射能汚染て、いうか、このチェルノブイリの事故のあとに、自分の子どもが、要するに病気になってくわけですよ、どんどんどんどん、その、5年くらいすると。
そうすると、自分がおっぱいを与えた、自分が食べさせた、と思って、自分を責めちゃうんです。それだけじゃないんですけど、いろんな事情があって、放射能の事故が起こすと自殺が増えるんです。これが大問題になるのに、政治をそれは無視しているし、マスコミはもっと無視してるのは、有機農家の方が、3月のはじめに自殺するんですね、遺書を残して。それ以降、何十人の方が自殺しているのに、一日16人のときもあったのに、全然記事にならないんですよ。要するに、自分たちに都合の悪いニュースだから消えてるんですけど。いやー、本当にひでえ新聞だなと思って、マスコミ、テレビ。
(烏賀陽)そうですよねー。
http://www.ustream.tv/recorded/16731091 (1時間12分10秒頃)
このことについて、後日放送のニコ生で尋ねた際、
・「ユースト見てないでしょう」←見たから聞いてるのだけれど、どうして「見てない」ことにした(い)のだろう。
・「ユーストは確か6月か7月。4月5月のペースで行くと5万人いってしまうという意味で発言」←4、5月のペースでさえも「5万人行く」数値ではなかったからこそ、疑問を抱いた。細かいようだけど、イベントは8月だったし、イベント時は「4月5月6月7月のペース」と言っていた。「予防報道()」というかもしれないけれど、8月時点でデータは公開されていたし、報道もあった。
・「政治家の方に聞いた。ソースは厚生労働委員会の委員二人。名前は出せない」←データの話なのに、「誰経由の情報」というレスで済ませることの是非を問うたのだけど、返答がズレていた。
・「ベラルーシの件は、広河隆一さんに聞いたとユーストでも言っている」←同上。なお、ユーストではこの発言を確認できず。
と、質問の意図とは異なる応答が返ってきた。そして、僕がデータについてしつこく聞くことについて、「評論家とジャーナリストの違い」とも返された。でも、そういう問題じゃないだろう。
ニコ生 http://live.nicovideo.jp/watch/lv83303829
一部がyoutubeにあがってた http://www.youtube.com/watch?v=h_gchvy0L80
他の方の起こし http://matome.naver.jp/odai/2133178887646363401
【関連】
ライフリンク清水康之氏の自殺報道関連発言の真意
http://togetter.com/li/158325
上杉隆「原発事故のせいで今年は自殺者が5万人ペース」→「事実に反する」と江川紹子と清水康之が反論
http://togetter.com/li/176749
平成23年版 自殺対策白書
http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/whitepaper/w-2011/pdf/index.html
僕はこの日のニコ生では、基本的に「上杉隆をどう評価するか」という話をするつもりはなく、「3.11検証の番組なのだから、上杉さんにも、今後の報道の改善のためにこそ、他のメディア叩きだけでなく、自分自身の仕事、特にコミュニケーション面や発信方法で問題だと思った点がないか、自己検証してみてくれないか」という話をふったつもりなのだけれど、終始「俺のどこが間違ってるっていうんだ」的なストロングスタイルで返されてしまったので、思惑と違うやりとりになってしまった。これは僕の「質問力」不足もあると思い、上杉氏にも番組後には「うまく意図を伝えられずすみません」と謝罪した。
とはいえ、「データの扱いがあんまりじゃないか」「発信のスタイルに問題があるじゃないか」という疑問点は変わらない。まあ、もっと問題だと思ってるのは岩上氏のほうだけれど、上杉氏の方が影響力の面では大きいと思う。
【参照】
岩上安身氏「デマといったね。デマだと立証してもらおうか」「えっ?」
http://togetter.com/li/214214
岩上さんの”スクープ”に対する反応
http://togetter.com/li/222976
もしかしたら、「ソース元」の政治家さんって、自殺者が最も多かった日(例えば5月13日の140人)という日付を選んで、「140×365=51100!」しただけなのではないか、という疑念。もしそうだとしたら、そんな人が委員を務めていること、そしてそういう数字を「ジャーナリスト(当時)」にペラペラ話すことは、結構問題なんじゃないかな。
そして、その数字をそのまま聞いた上杉氏が、資料の確認などをせず、「話を聞いた」ことをもって「裏をとった」ことにし、「予防報道()」として公の場で話すというのも、やっぱり問題なんじゃないかな。それって、各省庁の白書公開時のレクチャーをそのまま垂れ流し報道する記者クラブメディアと同じだもの。
もしかしたら「話を聞いただけじゃない」と言うかもしれない。でも、もし資料にあたったと豪語するのなら、それはそれでまた別の問題が明らかになる。だって、データの読み方を知りませんと言っているようなものだから。
この二つの件で僕がもっとも不信感を抱いているのが、「ソースの位置づけが雑」「データの提示方法が杜撰」なだけでなく、そもそもそれが、「当事者のための発信」ではなく「メディア批判のための発信」になっているがゆえに起こったことなのではないか、ということ。例えば以下は、連載の各記事の文末を引用したもの。毎回、お約束のように、必ず政府批判、メディア批判で締められるのだけど、これは「誰」に向けて発信しているのだろう?
【原発崩壊】知られざる原発事故の実態…東北新幹線内で線量跳ね上がる(1)
福島県内では、走行中の新幹線車内ですら、毎時0・5マイクロシーベルトを超え、郡山駅前に降り立てば、空間線量は軽く毎時1マイクロシーベルトを超えてしまう。
だが、こうした実態を知る者はそう多くはない。あるいは気づいていて気づかないふりをしている者も少なくない。
政府の除染支援対象地区は毎時0・23マイクロシーベルトと定められている。県内の多くの場所はその数値を超えている。
私が、福島に通い続ける最大の理由はこれだ。世界でも最もフクシマの真実を知らない福島の人々に、内外との情報格差を埋めてもらい、行動に移してもらいたい。
なにより、真実を知る以外に福島の復興の道もないのである。
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20120313/dms1203130814001-n1.htm
【原発崩壊】“放射能汚染”の真実…福島、郡山市に人は住めない (2)
事実を伝えなくてはならない記者ですら、こうである。現実を直視する者が奇異な目で見られる−。哀しいかな、それが「福島の現実」なのである。
【原発崩壊】福島第1原発から放射性物質ダダ漏れ!(3)
いまなお、東京電力福島第1原発からは、海洋への放射能汚染が続いている。米国海洋調査会社ASRによれば、その汚染は東北太平洋岸を北上し、すでに北海道南東岸にまで達している。
北海道のタラとサバの缶詰めから、放射能汚染が見つかったのは昨年夏のことである。
しかし、政府もマスコミも、その事実を黙殺したままである。
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20120315/dms1203150849007-n1.htm
【原発崩壊】“除染”の真実…成功することはない(4)
昨年来、テレビ・新聞では「除染が成功した」というニュースを盛んに流している。高圧洗浄水によって、モモの木の80%以上の除染に成功したと1面に掲載した朝日新聞がそのいい例だ。
だが、その汚染水はどこに行くのか。根元に落ち、土に浸み、場合によっては川に流れ、海に到達する。そして分解されないセシウムなどの各種は環境で循環を始める。
日本、特に福島では、そうした当然の自然の摂理が伝えられていないのである。
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20120316/dms1203160848005-n1.htm
【原発崩壊】福島の子供たちに忍び寄る被ばくの危険性(5)
空間にある放射性物質は、目に見えず、匂いもせず、即座に人体に影響を及ぼすものでもない。だからこそ、その存在を知ることのできる政府や県が、事実を伝えなければならないのだ。
だが、原発事故から1年たった今もなお、福島の真実は知らされず、一部の県民は騙されたまま普通の生活を続けている。
それは端的に「犯罪行為」である。とりわけ、日本の未来を背負う子供たちへの背信行為といえる。政治家や役人は、歴史に断罪される前に、自ら告白すべきなのではないか。
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20120318/dms1203180839008-n1.htm
【原発崩壊】小児甲状腺がんの恐怖…隠された現実(6)
「週刊文春」(3月1日号)では、おしどりマコ氏が小児甲状腺がんの可能性を指摘している。チェルノブイリの現実を知る者で、その記事を否定できる者はいないだろう。
ところが、日本のパワーエリートたちは、そうした福島の現実に目を背けるばかりか、情報隠蔽に走るほどだ。
子供たちの未来を奪う権利は誰一人持ち合わせない。しかし、あの原発事故ではそうした真実すら犠牲になっているのである。
「福島に幸あれ」
私は、福島の地で心からそれを願うだけである。
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20120319/dms1203190832000-n1.htm
で、この件はこの件で問題なのだけれど、仮にこのブログエントリを、未来ある、若きジャーナリスト志望者の方々が読んでおられるとしたら、より広い課題として、「丁寧なデータの提示」は(データ取りも、提示手段も)とても大事だよ、ということも学んで欲しく思います。この問題について前に進めるためには、部分的な証言や数値ではなく、丹念な調査とデータがどうしても必要になるから。今のメディアやジャーナリストの「採点」だけで済ませていい話じゃない。
※それにしても、「予防報道()」って、本当に怖い概念だと思うよ。