上野千鶴子「ジェンダー・フリーをめぐって」

「上野千鶴子さんが東京都に講演拒否された件」について、上野千鶴子さんが23日の信濃毎日新聞熊本日日新聞に以下の文章を掲載されています。転載可らしいので、全文紹介します。


ジェンダー・フリーをめぐって
東京都知事とけんかを始めた。
正確にいうと、売られたけんかを買っただけで、こちらから売ったわけではない。
毎日新聞 (2006年1月10日付け)に「ジェンダー・フリー問題:都『女性学の権威』、上野千鶴子さんの講演を拒否/用語など使うかも…『見解合わない』理由に拒否−−国分寺市委託」の記事が掲載されたので、知っている人もいるかもしれない。主催側の市民団体の方たちから、都の委託事業で国分寺市が主催する人権講座に、「当事者主権」のテーマで講演してほしいという依頼を受け、それが都の介入によって取り消しになった経過説明を受けていた。だが、都の説明文書があるわけではなく、もっぱら伝聞情報ばかりなので、反論のしようがない。毎日新聞の記者が、都の東京都教育庁生涯学習スポーツ部社会教育課長に取材して、発言を記事にしてくれた。それでようやく言質がとれた。
 それによれば「上野さんは女性学の権威。講演で『ジェンダー・フリー』の言葉や概念に触れる可能性があり、都の委託事業に認められない」とある。私は女性学の「権威」と呼ばれることは歓迎しないが、女性学の研究者ではある。都の見解では、「女性学研究者」すなわち「ジェンダー・フリー」の使用者、という解釈が成り立つ。
わたしに依頼のあった講座は、人権講座で、タイトルにも内容にも「ジェンダー・フリー」は使われていないのに、「可能性がある」だけで判断するのだから、おそれいる。世の中には、「ジェンダー学」を名のる研究者も多く、それらの人々はましてや「ジェンダー・フリー」を使う可能性が高い。そうなると、女性学・ジェンダー研究の関係者は、すべて東京都の社会教育事業から排除されることになる。
 わたしは石原都政以前には都の社会教育事業に協力してきた実績があるし、現在でも他の自治体からは教育委員会男女共同参画事業の講演者に招聘されているのだから、都にとってだけ、とくべつの「危険人物」ということなのだろうか?
 看過するわけにいかないので、公開質問状を、石原慎太郎東京都知事、東京都教育委員会国分寺市国分寺市教育委員会等に1月13日付けの内容証明郵便で送った。意思決定のプロセスを明らかにし、責任が誰にあるのかを問うことと、上野が講師として不適切であるとの判断の根拠を示すように求めたものである。回答の〆切は1月末日。
 こういうやりとり、おそらく石原知事は「余は関知せず」というだろう。都庁の役人が、都知事の意向を忖度してやったことと思うが、この時期に都の生涯学習スポーツ部社会教育課長という職にたまたま就いていた人物は、自分がどんな地雷を踏んだかに気がついていないだろう。この役人も、おそらく石原都政前には別な判断をしていただろうし、石原政権が交替すればまたまた変身するかもしれない。すまじきものは宮仕え。ご苦労さんとは思うが、ことは上野個人の処遇に関わらない。ゆきすぎた「ジェンダーフリー・バッシング」には徹底的に反論しなくてはならない。
 公開質問状は主要メディアにも同時に送付した。現在までのところ、毎日とNHKは報道、朝日と時事通信からは取材、日本外国特派員協会からもコンタクトがあった。本欄の読者の方たちは、これで初めて知ることになるだろうか。今後の帰趨を見守ってもらいたい。
信濃毎日新聞熊本日日新聞2006.1.23「月曜評論」上野千鶴子

なお、最後のほうに書かれている「外国特派員協会」からのコンタクトの件については、30日に「Political Backlash In Japan Against Gender Equality」というタイトルの会見を行うことが決定しているようです。こちらも紹介。


"Political Backlash In Japan Against Gender Equality"

A pioneer in gender studies and author of numerous books on the subject, Prof. Chizuko Ueno was to give a lecture on human rights in the city of Kokubunji. Her talk was vetoed in the planning stage due to pressure from the Tokyo Metropolitan government apparently because of fears that in her lecture she might use the words "gender-free," which are synonymous in Japan with "gender equal." The Tokyo Metropolitan government is on record as being opposed to the use of the term. Ueno sees the suppression of "gender free" as part of a conservative backlash against "the collapse of gender boundaries" by politicians such as Tokyo Governor Shintaro Ishihara and LDP presidential hopeful Shinzo Abe. On January 13, Ueno sent an open letter to Ishihara, and on Friday the 27th, her supporters are scheduled to hold a protest in front of Tokyo City Hall in Shinjuku. Ueno will speak at the FCCJ about her dispute with Ishihara and answer questions about the state of gender relations in Japan today.

Author of "Nationalism and Gender" (published by TransPacific Press 2004) Ueno is a prolific writer of both books and articles in Japanese. She has taught at Columbia University as well as universities in Canada, Germany and Mexico.

大雑把に訳してみます。


日本における、ジェンダー平等への政治的バックラッシュ(より戻し)

ジェンダー研究における先駆者であり、多数の本の作者である上野千鶴子教授は、国分寺市で人権に関する講義を行うことになっていました。しかし、彼女が「ジェンダー平等」と同義である「ジェンダー・フリー」という単語を使用するかもしれないと恐れた東京都からの圧力により、計画段階で拒否されました。東京都が用語の使用に反対であることは周知のことです。
上野は、「ジェンダー・フリー」の抑圧を、東京都知事石原慎太郎や、自由民主党の総裁候補者安倍晋三などの政治家による「ジェンダーの境界の崩壊」に対する保守的なバックラッシュ(より戻し)の一部と考えます。 1月13日に、上野は石原に公開状をに送りました。そして27日金曜日には、彼女の支持者が新宿の東京市庁舎の正面にて抗議を行う予定です。上野はFCCJで、石原への異議と、今日の日本におけるジェンダーの置かれ方に関しての疑問に答える予定です。
ナショナリズムジェンダー』(TransPacific Press、2004)の著者である上野は、多数の日本語の本や論文を書いています。 彼女はコロンビア大学をはじめ、カナダ、ドイツ、メキシコの大学で教鞭をとったことがあります。


会見の内容や報道のされ方、都政の対応等に注意を払いましょうっと。