長い議論を受けて一応chikiの意見をまとめてみました


皆さんと共有したい前提、議論の途中でまとめた意見については既にこちらで語りました。まだ読んでいらっしゃらない方には、出来ましたらそちらをご覧になっていただいたから読んでいただきたいと思います。さらに出来ましたら、多くのはてなダイアラーや通りすがりの方など、多くの方に参加して頂き、盛り上がった議論の経過(4/9〜)を見てから読んでいただけると一層理解が深まるのではないかと思っております。かなりの長文、多リンクになってしまい、読むのに時間はかかると思いますが、それだけの意義があるものになったのではないかと思っていますので、是非一読ください。(字が小さいな、と思われましたら、お手数ですが文字サイズを大きくしてください。IEならば「表示」→「文字サイズ」)




それでは本題に入ります。




イスラム、中東、そして「テロ」を仮想敵にしての武力行使では世界平和の可能性はほとんどないことは、「国際社会」の欺瞞について考えればご理解いただけると思います。ここでようやく、そのことを踏まえて考えてみたい。chikiの思想的立場はこちらで既に語りました。しかしいきなりこの考えを「自業自得だ」「金払え!」「焼肉!」「自作自演!」と憤っている方々との共有は無理でしょう。「自業自得」云々には怒りを覚える人も多いと思いますが、しかし彼等が多数いるという事実を見なければなりません。彼らの感情爆発をどうコミットさせていくか、ということを射程にいれて考えてみました。chikiは多分、そのうち自然にコミットせざるをえなくなると思っています。何故か。




まず、テロは、今回の事件がどういう「結末」を迎えても必ず再発します。そんなときに今回のような「自己責任」を巡る議論は全く建設的ではなく、そのような議論はいずれ弱まっていくでしょう。今のところ持ち出される「責任」は現状肯定(システムへの回収)に使われるためだけに持ち出されているトートロジー(同語反復)でしかなく、当サイトの議論に関わらず様々な場所の議論でその論理的根拠を説明出来た方は誰一人いませんでした。というより説明は不可能で、今まで「根拠」とされていた「国民の責任」や「責任を取ることが可能」という考え方が今まさに綻び始めているといえます。少し考えれば分かるように「責任」とは実に曖昧な概念ですから、実は何にでも恣意的にぶつけられます。今はそれが「被害者」や「家族」に出て、スケープゴートで処理しようとしています(非国民!)。しかし、それがまったく建設的ではないことはいずれ明らかになります。




そうなった場合、先ほど共有した前提を確認しあわなければならないのですが、問題はいきなりコスモポリタンと言われても、いきなり国家の限界とか「国際社会の欺瞞」と言われても…、という段階的な話になります。どんなに拒絶しようと、私たちは皆、既に「テロ」に捲き込まれている。そのことを認識するためには、ゆっくりと議論のムードを変えて行かなくてはなりません。その際、「国際社会」の失敗を皆で認める有効な手段を考える必要が出てきます。





小泉内閣は今、自衛隊を「送ったもの勝ち」の論理で押し切ろうとしています。そしておそらく撤退もさせない。それは、アメリカの国連決議無視の時と同じです。しかし、例えばアメリカも日本も雇用問題や制度問題等に手をつけていない現状にも助けられるような形で、そのうち政体の矛盾と問題が指摘されだすでしょう。現在の日本では小泉首相のお陰でポピュリズムのムードもありますから、そう遠いことではないと思います。その時、欺瞞の表面化への反動も起こると思います。理由は、今後も確実にテロが続発するからです。日本は日本人が関わってないという理由から最初は気にしないかもしれません※。退避勧告はその方向性を助けてしまう可能性もありますが、しかし今後も自衛隊反対のためのテロは確実に起こります(フリージャーナリストも退避させると情報を隠されるかもしれませんが、隠しきれるものでもない)。そうしてテロが連発するとすれば、今「自業自得」と目をそむけている人も「どうもおかしいぞ」と思わざるをえませんから、その時にしっかりとその欺瞞を指摘する文脈が必要となります。その時参照になるような議論をここでしたかった、というのがchikiの本音です。




※昨夜この文章を書いているときに、邦人2人が行方不明というニュースが入りましたが、そのことによっても明らかになると思います。





今後世界的にも「国際社会」の政治が問われていくはずです(要人暗殺、都市爆破、誘拐などのテロが今後起こるでしょう)。そうすれば、今の「アメリカ」の名の下のグローバリゼーションを見直すムードが高まりるでしょう。その時まで、私たちはしっかりと議論をしておく必要があります。もしかしたら「アメリカ」が倒れても(国ではなく、アメリカナイゼーションの文脈です)、少しの間はどこかが「次は俺だ」と名乗りをあげようとするかもしれません。しかしそれも長くはもたないでしょう。テロが軍事手段で解決出来ないことに嫌でも気付かされるからです。その時、プロトタイプとしての戦争放棄を掲げている日本が重要かもしれません。これは「愛国者」の方にもお奨めですよ(笑)。こっちの方が将来的に皆酔えるし、「すごいでしょー」といえますから(笑)。これは半分冗談ですが。




今回の事件を巡って、2ちゃんねらーもブロガーもはてなダイアラーもその他のネチズンも、感情的になりながらもしかし「分からない」「知りたい」とは思っていました。それは(自らの言語に回収しようとしながらも)他者が気になっている証拠です。多くの人が無関心ではいられないため、その流れをゆるやかに巻き込んでいける可能性はあります。現在では、誘拐された邦人やその家族を非難する声がありますが、それは自由ですし、「当然」起こりうる事態です。多分その方が気持いい。立川談志の映像を見てすっきりした人もかなり多いと思います。しかし、繰り返しますがそれは建設的ではないし、すぐにそのことに気付く…しかもそれはそう遠くなく、です。しばらく時間がたてば必ず(日本の)世間は自衛隊問題、憲法問題に目を向けるでしょうし、世界は「国連」の理念を再検討します。そこで「忘却」や「無関心」に流れさせてはいけません。「政権交代」にはその危険性がありますから、得策ではありません。むしろ小泉首相がやるべきだと考えていますが、どうなるかまだ分かりません(他に代わりもいないし)。





さて、今ある感情爆発はシステムの矛盾、論理の矛盾へといずれ表出するであろうことを説明させていただきました。仮に今回に限って自作自演だったとしても、自業自得だよと皆が納得してしまってもそうなるでしょう。繰り返しになりますが、今後テロがあったときに「おかしいじゃないか、あいつらが勝手に死んだ筈じゃなかったのか」という疑問が湧き出てくるからです。これから日本は今以上の手痛い目にあい、その都度「リアル」の問題がこぼれ落ちてくる。そのときには嫌でも近代社会、西洋社会の理念を再検討する必要が確認されます。




※もちろん、出来ればそのような痛い目はみたくないから、今からでも冷静に話し合いたいし、chikiはそうしていくつもりです。しかし、おそらく多くの人は聞く耳を持たないのではないか(汗)。コメント欄ではそれほどでもないのですが、現在の多くの人の反応はBooさんの言うようにヒステリックな拒絶に近い。





これらは右翼/左翼的な理想主義ではありませんし(この分け方は既に機能しません)、「予言」でもなんでもないと思います(むしろ「理想主義」は核を持てば一人前の国になれる、いやアメリカについていけば大丈夫、いや他の国と手を結ぼうなどという的外れな意見でしょう)。また、多くの人が指摘するように人間には攻撃性や自己愛が必ずありますが、それらがあるから平和が不可能だと言うのは誤解です(それは単なるニヒリズムでしょう)。むしろ逆で、自己愛や攻撃性があるからこそ可能です。必ず新しい発露を見出すからです。ボランティアも自己愛じゃないか、という問題がありますが、多くの人が現在ボランティアに対しルサンチマンを感じているけれど、しかし明らかに(社会的に)健康的なのは嫉妬する側の自己愛発露よりボランティアの方の自己愛発露ですから(笑)。




テロは、アメリカという「国」ではなく「アメリカ」主体のグローバリゼーションへの抵抗だということは以前指摘しました。その文脈で今、日本もターゲットになっています。アメリカにはどの国も勝てませんが、アメリカも「テロ」には決して勝てません。というよりは、「テロ」に対しての勝ち/敗けの二項対立はないのです。いずれ「国際社会」は「テロ」の持つメッセージ(「国際社会」の欺瞞、マイノリティの叫び)を聞き取らざるを得なくなる。即ち、今のグローバリゼーションの限界、今の資本主義形態の限界、インターナショナリズムの限界を見なくてはならなくなるのです。彼等を犯罪者だと言う前に、彼等にはそれ以外の道が残されていないことを見直さなければならなくなります。念のために指摘しておきますが、アメリカ型資本主義、民主主義では彼等(イラク)は確実に搾取されて終りますので、「搾取すればいいじゃないか」「日本は甘い汁を吸おうぜ」という意見の方もいるでしょうが、それでは「テロ」はなくならず、そのような社会が長期に渡り続くことは事実上不可能です(この他にも不可能な理由はいくつもありますが、ここでは割愛します)。このように、「アメリカ追随」が駄目なのは、「アメリカ」の限界を追随することになるからです。アメリカは石油利権目当ての民主主義支配とネットワーク支配を行っています。イラクを第二の日本型植民地にしたいようですが、おそらく(社会はイラクを)日本ほど発展させてはくれないでしょう。石油利権を譲渡すれば別ですが、アメリカはおそらく手放しません。「日本を民主化のモデルにしている」とアメリカ政府のいう発言が実に象徴的です。




現在、「反戦」の理由を、「戦争で人が死ぬから」という人がいますが、技術の発達や世論の動きもあり、以前に比べて戦争によって死ぬ人は確実に減ってきています。その場合は「差別」が問題化されることになるでしょう。ここまでで問題になるのは、「テロ」はあるけど今のままでいって次世代で日本をつぶすか、テロをなくすために再考するようにリードしていくか…選択はどちらかしかありません。このように大局的に見ると、自衛隊は一見「小事」に見えます。しかし、この流れでまかり間違って感情に後押しされたりして便乗的に合法化されると、日本もアメリカと共倒れします。だからまずは自衛隊NO、ボランティアYESと言わなくてはなりません。現地の治安の問題、自衛隊数百人でどうにかなりはしない。治安はむしろ、パトカー送ったり学校建てたり、それこそ得意の「米百俵」でやった方がいい。自衛隊より、民間がいいのはそのためです。民間人で死ぬ人もでるだろうけれど、長い目で見れば相対的にそっちの方が死なない。それでもテロに巻き込まれることは絶対にある。その場合の死は、誰の責任でしょうか? もう誰も責任なんて取れません。そのレベルならようやく現地に行く人、コスモポリタン世界市民)の「自己責任」と言える様になるかもしれませんが、「自業自得」では絶対にありません。




アメリカはこれから兵を増やすみたいだからもうこの際アメリカにまずは「悪」になっていただいて(苦笑)、日本は極力「ボランティア」に力を注いだ方がいい。この路線で行く方が十年単位で見れば確実にいいと思います。単なる感情論ではなく、そっちの方が未来にとっていいのは自明です。一方でアメリカが国として解体したら混乱が起こるでしょうから、そうはならないようアメリカを孤立させず、しかしその「失敗」を事実上改めさせる役(出来ればオルタナティブを提示する役)を日本が担う必要があります。自衛隊が撤退しないのなら、とことんアメリカとは別の「援助」であることをアピールしながら活動するほかなく、そのことでアメリカを潜在的に批判しながらタイミングを見計らって撤退させ、ボランティア投入等を検討するぐらいの狡猾さは見せて欲しいと思います。





さて、長々とここまで書いてきましたが、最初の日に申し上げましたとおりchikiは無知のサルですし、今後どんな出来事が起こるか分からない状態ですから、おかしな部分、後で見れば間違っている部分も多くあると思います。この手の時事問題への言及は、そういうリスクを抱えていますので、今後意見を変える可能性も大きいでしょう。しかし、それでも「自業自得」にこだわる議論や「国益」にこだわる議論よりは遥かに生産的ではないかな、と思ったりしています。ご意見、ご感想、批判などお待ちしております。
―「成城トランスカレッジ!」運営者 chiki(20:03)






※議論は続きます。いつでもコメント、リファーをお待ちしています。てか、お願いします(必死)。
長いけど。えぇ、長いけどっ(汗)。すみません…。



リファー
http://d.hatena.ne.jp/mktz128/20040416#p3
http://d.hatena.ne.jp/Mitsuhiko/20040417
リファーを頂きました。今のところ反論の必要はなさそうなので掲載のみ。

誤解されている方が多いようなので、補足。



上記リファーからの指摘の骨子を要約すると「現地住民」及び「狂信的イスラム主義者」(後者の表現はアメリカがラベリングした「イスラム原理主義」同様、ほとんどイスラム、及びイラクに対する無知からくる偏見であり差別的表現ですが)がどう思うかわからない、というものでした(その他の指摘には後に一応レスをつけます)。そのことは当然予測される事態です。なぜなら彼等は他者ですし、現に「国際社会」の欺瞞に対して「自分達は他者である」という感情、主張の発露を「テロ」という手段に向けている。その文脈がある限りテロはまずなくならない、ということを踏まえた上で、それでも最大限努力をしても全くテロがなくなるということはありえないし、過程の中で必ず多くの死人も出る。そのことは現在の社会が覚悟しなくてはならない事実です。但し、長期的に考えれば、未来に開かれている選択は自明です(注釈の必要もないかもしれませんが、「死者が出てもいい」と言っているわけではありません)。「死者が出るじゃないか!」「反対とか言ってるぞ!」と短期的にとらえられても(しかもchikiにぶつけられても)、ナイーブすぎて思考停止で終わります。「アメリカ」の文脈では、短期的に考えても長期的に考えても問題がある。また、「他国/自国」と考えているテロも一部であるでしょうし(彼等が単に「国」単位で考えているとは思えませんので、これはあまりに日本的な考え方だと思いますが)、そのうえで単に「出てけ」と叫ぶ方もいる。こちらも同様です。そういうものはいきなり文脈を変えようとしても抑圧を生むだけですので、細かなネットワークを生成していくほかない。その意味で「自衛隊」ではなく「ボランティア」をまずは推奨したい、と言ったのです(もちろんこれらは比喩的に、です)。



id:mktz128さんの違和感へ
イラクにおけるアメリカと日本の同一視について。日本は「人道支援」云々と、些細な差異は表明しているつもりですが、「少なくとも建前上は」「いるはず」等を連呼していることからわかるように、大局的差異はほとんどない現状があり、宣伝もうまく出来ていないうえ、今のところほとんど役に立っていないことが現地からの声、学者の指摘からも明らかになっています。chikiは単純に同一視しませんが、差異を表明することが成功しているとは思えません。さらには行動が多少違えども、理念が共有されてしまっている以上、根幹的解決にはなりません。




②「当の狂信的イスラム主義者がどう思うかは〜それは日本政府の知ったところではない」…そんな馬鹿な(苦笑)。



カンボジアの場合とは次元が違いすぎます。一方は内戦への介入であり、一方は長期にわたる抑圧と強制変革です。また、イラクの「統治」がある程度成立しても、構造を見直さない限り「テロ」はなくなりません。



④時期をみろ、というのが「今は国に任せろ」というものならば今のままでは論外ですし、「危険だから」ならば、しかしいつまでも誰も行かなければ危険のままで、そのリスクを今の世代が背負わなくてはならない部分がある以上、誰かがやらなくてはならない。そして、そのための行動を「国」は最大限保証しなければなりません。そのうえで、どちらの選択を選べばいいのか冷静に考えればわかる気がします。単純に自衛隊撤退、ボランティアにまかせろといっているわけでないことは、本文を読めば明らかで、表面的な「言葉狩り」に近い指摘の方が多すぎます。



⑤「今回の事件は不自然」…id:mktz128さんはご自身の日記で「自作自演」であるという意見をある程度支持しているように見えます。そのことを考えることは必要ですが、chikiは今回がどちらであろうと、いずれ別の問題が立ち現れてくるのだから、事態を根幹的に考える必要がある、という立場ですので、その意味では「土俵」が違ったかもしれません。




※最後にいくつかのリファー先へ。ネット上でのヘゲモニー闘争的な議論は全く生産的だとは思えないので、以後その手の文章には返信を控えさせていただきます。