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「CDが売れなくても誰も困らない」
このコラムで、chikiは宮台真司が音楽について発言しているのを初めて読みました(というか、宮台さんの文章は、実は2冊ほどしか読んでいない)。
コメント欄では叩かれて(?)いるようですが、しかし「音楽は意味ではない」という言説に「( ´_ゝ`)フーン?」という立場を取るchikiとしては、(宮台の意見は)密度の濃い内容に納得、主張することも納得です(全面的に賛成、とかは分かりません。議論の前提として、「常識的」な範囲だとは思います)。



CCCDP2P等の文脈に対し、声を上げているミュージシャンは、先日紹介したようにこんなにたくさんいるみたいですが、彼らが守ろうとしている「権利」とは一体なんなのか、どのような考えの下に連盟しているのかが不透明で、よくわかりません(「不透明」って言葉は、この前テレビで宮台さんが使ってたなぁ)。
彼らのキャッチコピー「Respect Our Music」、つまり「自分達の曲」を「尊敬してくれ」ってことは、ものすごい古典的なイメージ(歌は歌い手のもの、そして絶対に言語化できない)にも取れますが、仮に「Respect Our Music」を徹底して実践してみたところ、誰が得するのかといえば、「Music」ではなく「Our」、というか「We」、つまり宮台の言うように「業界」でしかないということは自明です(ちなみにこれは宮台の言う「主語」の問題とは多少かぶりつつ、別の文脈です)。
確かに、「おまんまの食い上げ」になってしまう可能性もあるのですが、今後の音楽が「業界」とは別のフローを生む可能性も範疇に入れて考えているのか、いないのか、最低限底をはっきりさせて欲しい。「Musicそのもの」ってのが「尊敬されるべきもの」という意見だけならば、chikiにとっては問題外ですが。



ところで宮台さんはキングギドラを例に出していましたが、chikiが真っ先に思い浮かべたのはライムスターです。
CCCDについては『現金に体を張れ』で「FUCK コピー FUCK コピーガード 返せ俺のYEN 日本銀行券」と皮肉って唄ったりしていまして、実にあざとく、さっぱりしていますし、ニューシングルのC/Wの曲『911エブリデイ』では911エブリデイ 驚くようなこたぁ別にねぇ ミサイル 弾丸 雨降りで ただしカメラ回ってねぇ国で 911エブリデイ 驚くようなこたぁ別にねぇ 死体は散乱 日めくりで もうできりゃ全て目ぇつぶりてぇ」と、宮台が指摘している次元に関しても、ギドラより一線上を行っているのではないかな、と。サウンド面の面白さ(ゲームのような銃の音などのサウンド自体がアクチュアリティを持つような)なども含めてですが、ギドラとは違い、何より日本の文脈での「911」の取り上げられ方や、主体≒「主語」のあいまいさなどを批判することに成功しているのではないでしょうか(などと友人と電話で話したりする今日この頃)。
一聴に値すると思いますので是非。
(ライムスターの曲は、この銃撃映像とかを見ると、実にアクチュアリティを感じるです。)