「αシノドス vol.5」配信

こんにちわ、chikiです。先月まで10日、15日配信であった「αシノドス」ですが、今月より1日、15日の配信となりました。日付変更の理由は単純で、25日配信にすると、その号が気になった人が購入する期間が5日しかないからです。というわけで、5号の内容はこちら。

【1】巻頭コラム / 芹沢一也
 「批評の機能とは何か?」
【2】セミナー / 仲俣暁生
 「現代小説と批評」
【3】ショート・インタビュー / 成松哲
 「『モンスターペアレント報道』にみる教育論議の『凶暴』さ」
【4】レポート / 高原基彰 
「良心と相互理解について――韓国の『民族主義』と中国朝鮮族の認識ギャップを例に」
【5】編集後記&次号予告


内容について、編集後記から抜粋します。

仲俣さんに語っていただいたのは、所謂「文学」におけるポストヒストリーをどのように語るかといった問題です。(…)今号からしばらくは、「文学」についての論考が並ぶので、この議論の行く末をその目で見定めてみてください!
成松哲さんにお答えいただいたショート・インタビューからは、「モンスターペアレント」を題材にして、「社会問題化」に関する自覚的な振る舞い方について持ち帰りいただければ幸いです。既に社会構造として、ある種の記事を好んで購買する層がおり、そういう記事をルーティンで書く記者がおり、起業ブランドとは切り離された形で流通する回路があり…といった具体に、実はメディア・イベントについて考えるほど、素朴な「メディア批判」がまったく効果を持たないことがよく分かります。特に、成松さんがお話いただいた、ある種のライフコースについての思考は、実は最もヒントになるのではないかとさえ考えているのですが、どうでしょう。
高原基彰さんには、中国の都市《吉林》での風景を伝えてもらう、「レポート」というコーナーの企画趣旨に非常にマッチしたコラムをいただきました。高原さんには先日シノドスセミナーにもお越しいただき、とある研究会でも重ねてお会いする機会があって、その度に多くの刺激をもらうのですが、韓国や中国の事例を聞くにつけ、つくづく時代状況とメディアがいかに「思想」を準備するか、ということを思い知らされます。


まだ購入していない人はこちらに急ぎましょう。「αシノドス」を買わずに許されるのは小学生までです。


それから告知です。6月21日に、朝カルで仲俣さんと対談します。内容的には、コンテンツと批評の現在、それからメディアの機能などについてお話しする予定。形式的には「路地 vs シノドス」あるいは「一億総小林秀雄 vs 批評装置としてのテクスト論」といった形になるかも。是非ご参加ください。


http://www.asahiculture-shinjuku.com/LES/detail.asp?CNO=26402&userflg=0
ちなみに、名前が「萩上」になってますが、よくあること。