『ウェブ炎上』まえがきを公開します。

9日発売の拙著、『ウェブ炎上―ネット群集の暴走と可能性』のまえがきを公開します。


はじめに
 炎上という言葉をご存知でしょうか。一般に「建築物などが火事で燃えること」を意味するこの言葉には、インターネットが普及しだした頃から、新たな意味が加えられていきました。現在では、ウェブ上の特定の対象に対して批判が殺到し、治まりがつかなさそうな状態のことを「炎上(した・している)」と表現します。例えばブログやSNS の日記、掲示板などに対して批判のコメントが殺到し、運営者だけでは管理しきれない状態になってしまった場合などが典型的なケースです。
 あなたはインターネットを閲覧していて、どこかのウェブサイトが炎上している場面を見かけたことはないでしょうか。個人や集団、法人や商品などに対する強烈な批判やひどい罵詈雑言があふれ、時にはとてつもないデマが流布し、その結果としてサイトが閉鎖してしまう。そういう場面を見て不快に思ったり、言葉にできないもやもやとした感情を抱いたりしたことはないでしょうか。
 あるいは特定の話題に関する議論の盛り上がり方が尋常ではなく、多くのブログや掲示板などでバッシングが行われることで、あたかもウェブ全体が炎上しているような気持ちになった事はないでしょうか。ネガティブな書き込みがあふれ、誰もが悪意の固まりのように映ってしまい、不信感や不安が広がっていくような気持ちを抱いた事はないでしょうか。
 炎上現象はなぜ、どのようして起こるのでしょう。本書はそのような疑問を抱く人に向けて書かれています。
 ウェブサイトを巡回する際、私たちはほとんどの場合において一人でモニターに向かって操作を行っています。どのようなページを閲覧し、どのような感想を抱き、どのようなコメントを書き込むかは、その都度ユーザー一人ひとりの判断で行われており、その意味でネットサーフィンは、極めて個人的な営みだといえるでしょう。
 ところがユーザー一人ひとりは自分の判断で行動していても、ウェブ上では炎上のように集団として括られてしまうような現象がしばしば観測されます。似たような言葉で同じ対象がバッシングされ、特定のコンテンツが瞬間的に流行し、同一のデマを信じる人が続出する。現在ではこのような事例が多くあり、私たちはそういった集団行動をウェブ上で目の当たりにしたり、インターネット以外のメディアなどを通じて見聞きしたりする機会が増えています。
 このような現在では、私たち自身が、これまで想定してこなかったような集団行動の目撃者、あるいは当時者になる可能性も、かつてより高くなっているといえます。では、そのような集団行動に対して、私たちはどのように距離を取り、どのように付き合っていけばよいのでしょう。現在のように「インターネットのある世界」が日常風景となりつつあるなか、インターネット上での集団行動に対するリテラシーは、今後ますます重要な意味を持つようになるはずです。
 本書は、インターネット上での集団行動が社会にもたらす影響について考えと同時に、「インターネット上での集団行動が社会にもたらす影響について考える」ための能力を養うことを目的としています。インターネット上で観察される集団行動を分析するための領域横断的なツールを提示し、いくつかのケース・スタディを共有することで、ウェブ上で起こる「炎上」などの諸現象に対する認知や対応の能力をバージョンアップするためのアイテムになりたいと考えています。
 あらかじめ断っておくと、本書はウェブ上で観測される集団行動自体に対し、特定の立場から価値付けを行っていくことを目的とはしていません。また、「インターネットのある世界」の今後を憂うものでもなければ褒めたたえるものでもなく、ましてや"次は○○が来る!"などと煽る類のものでもありません。
「インターネットのある世界」は、技術や慣習、価値観、ことば、思想、制度を含めたさまざまな変化を伴いつつ、これからも広がり続けていくでしょう。ですから本書は、そのような変化をある程度自明のものと踏まえたうえで、その変化に価値判断を下すより前に、まずはインターネット上で行われるコミュニケーションの「しくみ」に着目し、その理解を共有できるようにしたいと思っています。
 そのため、本書では多くの方が既に知っていると思われるウェブ上の「事件」であっても改めて取り上げ、適宜解説を加えています。多くの人と事例を共有することで、インターネット上の集団行動についてきちんと議論できるようにするためですが、それと同時にインターネットに興味のない方にも「世界の珍事件」を見るかのように楽しんでいただくためでもあります。
 その一方で、多くの読者の方にとっては「耳慣れない」と思われるいくつかの専門的な用語を、適宜解説を行いながら紹介しています。いくつかの用語やフレーズを共有することで、お読みいただいた方のインターネット上の集団行動に対する観察方法が、今後大きく変わることを期待してのものです。新しい言葉を知ることによって頭の中がすっきりと整理できたり、目の前で起こっている出来事が何であるのかを的確に把握できたりしますし、それに対する対応もうまくできるようになることでしょう。
 私たちの社会はインターネットに象徴されるような、新たな場面へと既に足を踏み入れつつあります。それでは、そのことについて知るために、まず「インターネットのある世界」(現実)に目を向けていきましょう。


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