東浩紀+北田暁大『東京から考える』(NHKブックス)

東浩紀+北田暁大『東京から考える』(NHKブックス)
ともに1971年に生まれ、東京の郊外に育ち、同時期に現代思想の先例を受けた気鋭の論客二人の眼に、ポストモダン都市・東京の現在は、どのように映ったか。
シミュラークルの街・渋谷の変貌、郊外のセキュリティ化、下北沢や秋葉原の再開発に象徴される街の個性の喪失、足立区の就学支援、東京の東西格差、そして、ビッグ・シティを侵食する新たなナショナリズム……
これらの考察を経て、リベラリズムの限界と可能性を論じる。
東京の光景を素材に、現代社会の諸問題を徹底討論!(表紙裏より)


若手知識人で最も注目を集めているふたり*1がタッグ*2を組んだ一冊。内容は非常に読みやすく、例えば北田暁大が2005年に上梓した宮台真司との対談本『限界の思考 空虚な時代を生き抜くための社会学』や、東浩紀が2003年に上梓した大澤真幸との対談本『自由を考える―9・11以降の現代思想』に比べて会話のテンポが圧倒的に早く、1、2時間ほどで読める。北田のバックグラウンドを掘り起こそうと東が奮闘していたり、東が「ニート」「バックラッシュ」「外国人犯罪」などのセンシティブなテーマに触れる際に北田が丁寧にフォローしていたりと*3、ボケツッコミが相互に入れ替わる笑い飯の漫才のように楽しみがある。東×北田の対立軸が何度も色々な言葉で表現され(例えばローティ的な小さな共感可能性/ロールズ的なラディカルな原理主義、動物性/再帰性などなど)、「二項対立パラフレーズフェチ」にもたまらない一冊――そんな人がいるかはともかく。


東京の「西側」を見て育ってきた東と、「東側」を見て育ってきた北田が*4、東京「から」現代社会を考えるという内容の本書は、カッチリまとまった都市論、風景論というよりは、むしろ昨今の議論をリードする両者の「風景をみる視座」を確認するという作業として貴重だろう。あちこちに思考のためのヒントとなるようなフレーズが多く、読者や議題設定によって得るものや評価が大きく変わると思う。宮台真司の「郊外」観に批判的に言及していたり、「save the 下北沢」「坂東眞砂子の子猫殺し」、「死ぬ死ぬ詐欺」「亀田八百長疑惑」など、web上でもホットな話題について触れるなど、関心のフックも多岐に渡っている。


優れた評論家が「都市」について語るということは珍しくない。例えば文学の領域での前田愛磯田光一などがそうだったように(二人とも「文学の領域」を超えた仕事・評価をされているけど)、都市を考えるということは同時に、読者、あるいは社会思想について吟味する作業とパラレルだ。昨今の東は「アーキテクチャ」への言及を強めていたし、北田はかねてから「都市」に関心を寄せていたばかりでなく、「嗤ナショ」や「バックラッシュ」への関心から都市型ライフスタイルの社会心理などにアンテナを張っていた。そのような両者による本書は「1.渋谷から都市を考える」「2.青葉台から郊外を考える」「3.足立区から格差を考える」「4.池袋から個性を考える」「5.東京からネイションを考える」という章立てになっており、5章においてはナショナリズムリベラリズム、コミュニタリズム、フェミニズムプラグマティズム、あるいは新たなレイシズムの可能性などについて語られるなど、急に抽象度があがったような印象を受けるが、吉見俊哉の仕事が明らかにしているように、都市というメディアは「ナショナリズム」などの大文字の政治の行く先を占うものでもあり、その意味で両者が5章において展開している議論はスリリングな意味を持つ。


加えて、本書を読むと、賛否を含め、自分の見てきた「風景」について語りたくなる人も多いだろうと思われる。例えば chiki ならば、「自分は1981年に兵庫県で生まれ、関東に引越し、浦和、大宮、川口、赤羽、秋葉原御茶ノ水、新宿、渋谷、下北沢の順でさいたまから南西へとなじみの都市が変わっていき、そこで見てきた風景は〜」というように。もちろんこのような作業は「自分語り」が自己目的化する危険性が高いのだけれども、その中からは「東京ではない場所」との対比も含め、豊潤な議論が実りうるだろう。かように「語りの場への魅力的な動員」を促す東の課題設定への誘惑能力は――これまでの仕事もそうだけど――やはり見事だと思う。2007年、各方面で議論の土台となることが予想される一冊。




【一緒に読むとオトクな5冊】
森川嘉一郎『趣都の誕生 萌える都市アキハバラ』
猪瀬直樹『土地の神話―東急王国の誕生』
森村進『自由はどこまで可能か―リバタリアニズム入門』
永井暁子、松田 茂樹『対等な夫婦は幸せか』
橋本健二『階級社会―現代日本の格差を問う』

*1:どうでもいいことだけど、イニシャルがA&Kなのは批評空間コンビと同じ。

*2:さらにどうでもいいことだけど、キン肉マンでいえばザ・マシンガンズあたりか。

*3:但し、「ひきこもりがMMORPG(大人数参加型オンライン・ロールプレイング)にハマっているのと、あまり変わらないメンタリティ」という「ひきこもり=ネット中毒」的なイメージに関わる部分に関してもフォローが欲しかった。

*4:これまたどうでもいいことなんだけど、北田さんの名前が西田さんとかだったら、「まるで池袋の西部と東部みたいですね」みたいなギャグが言えたんだ。それだけが残念でならない。