スウェーデンをディスるコピペに対する疑問。

昨日ご紹介した辻大介さんのエントリーとも関連して。chikiはスウェーデンという国のことなんて何も知らないし、話題にしたこともなければ思い入れも何もないのだけれど、バックラッシュ系の議論の中で「スウェーデン」という名前が頻繁に話題になっており、見かけるたびに首をかしげていました。要するに「これまでバカフェミはスウェーデンを目標にしようとかヌルいことを言っていたけど、実はこんなにひどい国なんだぜ。バーバーカ」というような言及のされ方がされるわけですが、これって本当なのかなあと。



スウェーデンを見習えさえすればハッピー」という単純な主張をしている人がいればどうかと思うけれど、同様に「スウェーデン=犯罪大国」みたいなのもちょっと信じがたい。今日も、キャンペーンブログのエントリーを書こうと『正論』とかを読んでいたらこの話題をみつけたので、既に賞味期限切れの話題っぽいけれど(?)ちょっと調べてみようと思った。たとえば林道義さんがHPで次のように書いています。


スウェーデンでは離婚率が約五〇%だということだけはよく知られている。では犯罪率はどのくらいか、知っている人は少ない。犯罪数が人口当たりアメリカの四倍、日本の七倍。強姦が日本の二〇倍以上、強盗が一〇〇倍である(武田龍夫福祉国家の闘い』中公新書、二〇〇一年、一三四ページ)。なんとスウェーデンという国は世界に冠たる犯罪王国なのだ。
「六 離婚と犯罪の比例関係 ──スウェーデンの国家的破綻を直視せよ」

「犯罪の実態はまさに質量ともに犯罪王国と呼ぶにふさわしいほど」で、刑法犯の数はここ数年の平均は日本が170万件、スウェーデンは100万件。日本の人口はスウェーデンの2倍ではない、17倍である。10万人あたりで、強姦事件が日本の20倍以上、強盗は100倍以上である。銀行強盗や商店強盗も多発しているという。10万人あたりの平均犯罪数は、日本の7倍、米国の4倍である。(同書、134頁)
「11 好著推薦 スウェーデンモデルの破綻 武田龍夫『福祉国家の闘い』中公新書、2001年2月」


こういった主張のほか、自殺率がやたら高いとか、家族が崩壊しているとか、税金がやたら高いとか、いろんなバージョンがあります。インパクトもたっぷり、ついついトリビアとして広げたくなりそうなネタで、実際2ちゃんねるとかでも同じ論旨のコピペがでまわっているんですが、これらは本当なんでしょうか。



まず「スウェーデンでは離婚率が約五〇%」という点について。「離婚率」ときくと、私たちの素朴なイメージでは「結婚したカップルのうち、何カップルが別れたか」という割合を計算するものだと思っちゃいそうですが、統計などでは多くの場合、ある一年における人口千人当たりの離婚件数を示す数のことをさすようです。で、2005年のデータに基づく「図録▽世界各国の離婚率」によれば、日本が2.3件に対して、スウェーデンが2.36件とあんま変わらない。新書が書かれる前のデータでも「95年当時の国際比較」では日本が1.6件でスウェーデンが2.5件となっている。「図録▽主要国の離婚率推移(1947年〜)」でその推移をみても、日本より多少高いとはいえそれほど変わらないし。あれ、じゃあ全然「離婚率が約五〇%」じゃないじゃん。どっからきたんだ、五〇って数字?



調べてみると、先の文章が「離婚率」と読んでいた五〇%という数字は、どうやら1年間の離婚件数と婚姻件数を比較した数値であって、今いった意味での「離婚率」ではないことがわかります。これはつまり、「去年は、結婚件数が約75万組、離婚件数が約25万組前後」という数字を聞いて「日本のカップルは3組に1組が離婚しているんだね、やべー」みたいなことを言う人と同じ間違い。そういう算出の仕方は、たとえば「結婚100カップル当たりの離婚数」というデータなんかがそれにあたるんですが、これって既婚者などを分母にカウントしていない、あんまり意味のない計算なんですよね。「結婚した人が100人いたうち、いったい何人離婚するでしょうか」って話ではなくて、「ある年に結婚した人の数から離婚した人の数を割ると、いったいいくつになるでしょうか」というのを計算しているものなので。もしこの算出方法を「離婚率」って呼ぶのであれば、日本も離婚率33.1%ということになってしまうし、あるいは仮に1年で10万人結婚し、20万人が離婚したら、離婚率200%とかってことになってしまう。これはひどい



自殺率も、「自殺大国」というフレーズが結構でまわっていたので調べてみると、「図録▽自殺率の国際比較」「図録▽世界各国の男女別自殺率」、そのほかいくつかのデータを見てもむしろ日本より低いみたいだ。税金に関しては、税制を含んだそもそもの社会設計が異なるので、数値だけで比較することはあまり意味がない(参照:『スウェーデンの税金は本当に高いのか』)。



で、いちばん曲者なのが「犯罪数が人口当たりアメリカの四倍、日本の七倍。強姦が日本の二〇倍以上、強盗が一〇〇倍である」という部分。たとえば「UNODCのデータを元にした比較データ」を見てみると、強姦は日本が1.2〜1.7であるのに対し、スウェーデンは14〜15となっていて、約10倍。強盗は、日本は1.82〜4.07であるのに対し、スウェーデンは65.08〜75.04となっていて、約35倍。20倍、100倍は誇張だと思うけれど、比較方法によってはそれなりに近い数字を算出(演出?)できるかもしれない。たとえば別の年度にするとか、比較年度を統一しないでみるとかね。



ただ、「UNODCのサイト」でも但し書きがされているとおり、そもそも国によって犯罪の定義やカウント方法がまったく異なるため、各国の報告件数をもってして「犯罪率」を比較するということはできないという大前提には注意が必要。別のデータ、「ICPO調査」とか「UNITED NATION Office on Drugs and Crime」(PDF)なんかではこれまた異なる数字が出されているし、集計の仕方もまちまち。このあたりは「スウェーデンは犯罪大国か?@磁石と重石の発見」というエントリーでも指摘されている点ですね。そもそも日本国内でも、年や白書によって数値や定義が変わっていたりする点に注意を必要とするわけで、他国と比較するのであればなおさらかも。



つまりこういう数値でわかることは、あくまで「どの国が、どの犯罪を何件としてカウントしているか」ということであって、それが即「犯罪事情」を表しているということではないということです。もしちゃんと「実情」を比較するのであれば、各国の基準を調べた後、基準をそろえなおした上でデータを再集計しなおしたりする作業が必要不可欠になる。特に「強姦」などは、「UNODCのサイト」にも「In the case of some categories of violent crime - such as rape or assault - country to country comparisons may simply be unreliable and misleading」と明記されているくらい、比較に際しては注意が呼びかけられているし。



たとえば『European Journal on Criminal Policy and Research』に掲載された「Crime Statistics as Construct: The Case of Swedish Rape Statistics」という論文では、スウェーデンは他のヨーロッパの国々より約3倍ほど「強姦」の率が数値上多いけど、それは実際に3倍強姦されてるわけではないので単純に比べられないという指摘がされている。数値上多く見える理由として、統計上の要因、法律上の要因、実質的な要因がそれぞれ列挙されており、要するに他の国より強姦の判定が厳しいことも考慮して吟味しなければならないと書かれている。



この論文では、スウェーデンでは婚姻例外は適用されないので夫婦間でも強姦がカウントされること、届け出された時点で件数にカウントされること、強姦の回数分カウントされるためたとえば同じ人に100回強姦されたら100件とカウントされること(夫婦間で長期間「強姦」があったことが発覚したら、大きくはねあがる)、一度カウントされた場合、誤認だとわかっても数値の上では訂正されないこと、未遂でもカウントされること、本人の申告だけではなく第三者で届出可能なこと、強姦と殺人を同時にすると殺人1+強姦1で数えられること、男女間の性交に限定せずオーラルセックスなども含まれるため、日本では「猥褻行為」や「痴漢」などとされるものもカウントされることなどなど、要するにスウェーデンは強姦に対しての判定が厳しいがゆえに強姦の率が数値上多くなっているのであって、その数値をもってして単純に比較はできないということが指摘されている。



もちろん、この指摘がどれだけ妥当なのかはこれまた不透明なので注意が必要。だけれど、これに懐疑を示しつつ実際の数値を透明化するためには、やはり別の集計方法を考えなければいけないと思う。



「犯罪大国」というフレーズについても言及しておくと、例えばヨーロッパ評議会がまとめた「European Sourcebook of Crime and Criminal Justice Statistics」というデータを見る限り、スウェーデンが特にヨーロッパの中で突出して強盗率が高いわけでなく、おおむね平均的な値だということがわかるので、もしスウェーデンが犯罪大国なら、ヨーロッパはほとんどが犯罪大国ということになってしまう。もちろん、この数字もそのまま日本のものと比べることができません。というか、日本をスタンダードにしたら、結構多くの国を「犯罪大国」呼ばわりしてしまいそうだけど。


この他、エイズが蔓延しているとか、フリーセックスの国だとかいう話もちらほら。でも、「図録▽世界各国のセックス頻度と性生活満足度」とか「図録▽性行動の各国比較」とか「図録▽世界のHIV感染・エイズの状況(地図付)」とか見ると、それらも誇張なのではないかと思える。



福祉国家の闘い』という本がどういう手続きをもって「強姦事件が日本の20倍以上、強盗は100倍以上」と結論付けたのかはわからないけれど、比較の基準が不透明であり、また仮に何かのデータが数値上日本の数倍であったとしてもそのデータの背景も綿密に検討する必要がある。さらに言えば、仮に共通の基準を設けて国際比較をしたとして、どこかの国がどこかの国より特定の犯罪が多かったとしても、その差異の根拠を簡単に「○○思想のせい」「○○政策のせい」というような形で特定することはとても難しいので、より一層の注意が必要だと思う。なんでこんなことを書くのかというと、「スウェーデンフェミニズムのせいでこんなに悪くなった」「福祉国家のせいで犯罪が増えた」みたいなことを本気で書いている人が結構いたから(汗)。そういう人は同じ口で「教育のせいで日本はだめになった」みたいなことを言っていたりして、どうも素朴なコミュニケーションモデル、朴訥な因果論(陰謀論?)を信じているように思えてならない。



私は統計のプロでもなんでもないので軽率なことは言えませんが、さしあたりの結論としては、最初にあげたような、いかにも一人歩きしそうなフレーズは使わないほうがよさそうです。chikiの立場としては、ある国をユートピアであるかのように語る言説自体には違和感を覚えるけれど、一方でその言説に対抗するために対象となった国をディストピアであるかのように過剰に貶める言説をぶつけるのもまずいと思う。どちらも、その国に対して妙な他者化をしてしまっているという意味では同類に思えるし、ワンフレーズで議論が進んでいくことも危険なんじゃないかと思うからだ。念のため但し書きをしておくと、他国の成功や失敗を参照にすること自体を「出羽おじ」「出羽おば」としてまとめて退ける気はもちろんないです。参考になる議論はたくさんあると思うので、月並みながら、慎重に議論する必要があるのだろうと思うばかりです、はい。



なお、本当は「犯罪の話、実際は何倍ですよー」と指し示すことができれば一番いいんでしょうけれど、「くっ!ガッツが たりない!」状態なので、今回のエントリーでは既存のコピペに懐疑を示すくらいにとどめておきます。もっと詳しい人、専門の方がいらっしゃったら、そちらの方にお任せしたいと思います。