小中学校の性教育実態調査などからみえてくるもの。

昨日のエントリー「自民党PTの「アンケート結果詐称疑惑?」をもう一度ガッチリと検証しておく。」では、自民党が掲げる「事例集」は「実際にあった集」ではなく送られたコメントをよせ集めただけのもので、伝聞情報やソフトケースも「実例」にするとかいう暴挙に出たとしても、性教育では最高で250件程度、ジェンダーフリーでは最高で50件程度というものでした。しかも、「自民党に親和性が高く・ジェンダーフリー性教育に反感があり・そういう先入観を質問項目によってあらかじめ与えられて・自発的に・伝聞も含めて回答した」のにその程度だという点に注意。



しかも、それでもまだ「実例」とはいえないというのは懸命な読者のみなさまは既にお分かりいただけますよね。というのは、これを事件に例えると「通報されたのはあわせて300件だけど、誤報でなく不当逮捕でもない逮捕数は不明」という状態だから。PTは「一部は調査した」とか言っているけれど、もしそれが本当ならその超結果が順次報告されてしかるべきだし、衆議院TVを見ていたら山谷えり子さんとかが「私が直接聞いたものもあるのだ」とか言っているんだけど、それを調査とか言うならコメントの寄せ集めと実際に変わりがないことは言うまでもありません。



さて、先日「性教育:過剰な68件、見直し指導−−文科省調査」という記事を紹介しました。この調査について少し踏み込んでみたいと思います。



この調査結果、結構前に報道されたというのにあまり騒がれていない気がする。反ジェンダーフリー系サイトでもほとんど扱われていなかったし、報道もそれほど盛り上がっていない。chikiも調査結果が出されていたことに気づくのに3ヶ月ズレてしまったし。不思議だなと思い、とりあえず調査結果を探してみたはいいものの、「社団法人政府資料等普及調査会」のページでもなぜかこの資料だけ配布されていなかったので拍子抜け。でも文科省のサイトにて「義務教育諸学校における性教育の実態調査について」をみつけたので安心。別のところで「調査結果の概要」の入手したので、そちらもアップしておきます。



結論からいえば、こりゃ騒がれないはずだと納得。だってこれ、全然「ジェンダーフリー蔓延度」のソースにならないから。概要すら読むのが面倒だという人のために、簡単な解説をしますね。



この調査は学校総数32,431校(公立の小中学校、および盲・聾・養護学校)を対象にされました。調査内容は、性教育の指導方針や教材・資料などについてです。調査結果では、約3万校のうち、全体の7割近くが保護者へ何らかの説明を行っていることがわかったりするけれど(他教科とかだとわざわざ説明しないだろうから、多い方なのかも)、今回関係がありそうなのは「保護者等からの苦情や問い合わせについて」という項目。もし「過激な性教育」や「行き過ぎたジェンダーフリー教育」の実例があれば、苦情や問い合わせとしてカウントされるということになる。



では、実際にどれだけの「保護者等からの苦情や問い合わせについて」があったのか。以下の図を見てください(図って便利だよね)。



都道府県教育委員会への苦情や問い合わせ 14件◆

指導内容や教材が発達段階を踏まえていない 8件
学習指導要領に示されていない内容を指導している 1件
一部の教員の考え方に沿った指導が行われている 1件
保護者等に説明もないまま性教育が進められている 2件
その他問い合わせ 2件

◆対応方法◆

指導内容や教材を見直させた 10件
教育委員自ら保護者に説明した 4件

◆市区町村教育委員会への苦情や問い合わせ 68件◆

指導内容や教材が発達段階を踏まえていない 27件
学習指導要領に示されていない内容を指導している 5件
一部の教員の考え方に沿った指導が行われている 2件
保護者等に説明もないまま性教育が進められている 4件
その他問い合わせ 30件

◆対応方法◆

指導内容や教材を見直させた 17件
学校を指導し、保護者等に説明させた 16件
教育委員自ら保護者に説明した 19
その他 11
特別の対応は行わなかった 11

◆小中学校への苦情や問い合わせ 520校◆

指導内容や教材が発達段階を踏まえていない 109校
学習指導要領に示されていない内容を指導している 13校
一部の教員の考え方に沿った指導が行われている 6校
保護者等に説明もないまま性教育が進められている 27校
その他問い合わせ 365校

◆対応方法◆

指導内容や教材を見直した 68校
保護者等に説明し、理解を得た 314校
その他 102校
特別の対応は行わなかった 25校

では、内容についての説明を簡単に。「その他問い合わせ」の内容は、「性教育の指導内容を教えてほしい」や「性教育は家庭単独では教えづらいので、PTAや授業参観を利用し、計画的に指導していくべき」というものから「自分の子どもに性教育は受けさせたくない」というものまでさまざま。その他のものを苦情としてカウントすると155校で、そのうち実際に見直した例は68校。一応これが「行き過ぎた」例になるかと。ただし、問い合わせや苦情の中には、「出産ビデオを見せないでほしい」「精通について教えないでほしい」「性教育について連絡してほしい」「性交を扱わないでほしい」というようなものから「初経指導の時期を早めてほしい」というようなものが含まれているので、68件が全てが客観的な「過激な性教育」にカウントされるかは不明。



これが多いのか少ないのかはchikiにはよく分かりません。というのは、例えば国語とかへの苦情は何件くらいあるのかとか、他教科の状況などが分からないから比較する基準値が不明なんです。それでも、例えば155校という数字は学校総数32,431校の約0.47%で、68校の場合だと約0.2%にあたり、全体からみると「極端な例」とはいえると思います。今まで保守系メディアは「過激な性教育が蔓延」だの「ジェンダーフリーによる洗脳が爆発的に浸透」だの散々好き勝手言っていましたが、蓋を開けたらこんなもの。まあ、憂国の皆様、心配ごとが減ってよかったですねってことでここはひとつ。



データについては後でまた補足するけれど、ここで一度、各メディアがこの件をどう報道したのかをチェックしてみましょう。どのメディアがどれくらいイエロージャーナリズムなのか、あるいはどのメディアが自民党の御用メディアなのかが分かるかもしれないし、言説分析の訓練にもなるはずだ。手に入ったテキストは4つ。共同通信毎日新聞、読売新聞、産経新聞。順番に見ていきましょう。まずは共同通信から。


問い合わせ、苦情520件 保護者、学校の性教育
 公立小中学校などで実施されている性教育について、2004年度に保護者らから学校へ寄せられた苦情や問い合わせは、延べ520件に上ったことが22日、文部科学省の調査で分かった。うち約70%が「何を教えているのか」「教材は何を使うのか」という問い合わせや意見だった。

 調査は、国会審議で学校での性教育が「行き過ぎ」と指摘されたことをきっかけに初めて実施。全教育委員会と公立小中学校など約3万3000校を対象に実施した。

 問い合わせや意見のほかは「指導内容や教材が発達段階を踏まえていない」21%、「保護者に説明がない」5%、「学習指導要領にない内容だ」3%など。
(2005/12/22 18:21 共同)

苦情は520でなく520校だという小さなミスはさておき、オーソドックスな記事内容だと思います。問い合わせ内容をパーセンテージ表示しているのも分かりやすいっす。気になるポイントはほとんどなし。あえていえば、最後のフレーズのような形でパーセンテージを表示すると、日本各地で行われている性教育の21%が発達段階を踏まえていないと誤解する人もいるかもしれないなー程度。まあ、そこまできたら読解力のレベルですね。続いて毎日新聞


性教育:過剰な68件、見直し指導−−文科省調査
 小学2年生に絵を使って性交を教えるなど過剰な性教育について、指導内容や教材を見直した例が04年度に計68件あったことが22日、文部科学省が初めて行った実態調査で分かった。同省は「一部で行き過ぎた性教育が行われていたことが確認できた」として、指導の指針となる具体的な事例集を作成し、今年度中に都道府県教委などに示す方針だ。

 保護者らからの指摘を受け、実態を把握するため、全国の都道府県教委、市区町村教委、公立の義務教育学校全校を対象に04年度の状況を調べた。

 公立小中学校への性教育に関する苦情や問い合わせは計520件で、最多は大阪府の60件。教材や指導内容の見直しは68件に上った。苦情の中には、小学1、2年生に性器の名称を教えた▽中学校で外部講師の助産師がコンドームの装着実習をした▽中学校で性交を扱った−−などの例があり、いずれも取りやめられた。【長尾真輔】
毎日新聞 2005年12月24日 東京朝刊)


こちらも520でなく520校だという小さなミス。「同省は「一部で行き過ぎた性教育が行われていたことが確認できた」として、指導の指針となる具体的な事例集を作成し、今年度中に都道府県教委などに示す方針だ」と書かれている。よりよい性教育のために頑張ってください、という感じかな。こちらも気になるポイントは特になし。しいて言えば、「東京もんは、大阪になにかうらみでもあるのか」ということくらい(笑)。続いて、読売新聞。

性教育 保護者に説明なし17.3%…公立小中学校文科省調査
 性教育の内容を保護者に全く説明していない公立小・中学校が全体の17・3%、5603校に上ることが22日、文部科学省が初めて実施した性教育に関する全国調査で分かった。

 指導内容を教師任せにしている学校も37・7%、1万2230校あった。文科省性教育の行き過ぎがないよう、指導法は学校全体で決定し、内容を保護者に伝えるよう指導しているが、一部で守られていなかった。

 調査は今年4月、全国の公立小・中学校と各地の教育委員会を対象に実施。昨年度の性教育の状況などを聞いた。それによると、性教育の内容や使用する教材を保護者に知らせる手段として、最も多用されているのが「学級だより・保健だより」で73・7%(複数回答可)。「授業参観」が33・5%、「保護者会」が17%でこれに続いた。

 一方、性教育の指導内容や教材を学校全体や学年全体で決定しているところは62・3%にとどまり、特に中学校では43・4%が教師任せにしていた。

 学校や各教委に保護者から寄せられた苦情や問い合わせは計602件。このうち、「小2に絵を使って性交を教えるのは行き過ぎだ」「中学生に出産ビデオを見せるのは問題だ」など68件の苦情については、学校側が指導内容や教材を見直すなど何らかの対策をとっていた。
(2005年12月23日 読売新聞)


こちらは見出しからしてなかなか煽ってます。「性教育 保護者に説明なし17.3%」…ということは8割近くが説明されているんジャン、と捉えることも出来ますが、ダメ? というか17%説明していないのに対して「説明しろ」という苦情が数件というのは、「説明なんて別に説明いらんわ」って親が多いということなのだろうか。なお、苦情件数は市町村なども上乗せされて602件に。なるほどね。最後に産経新聞


性教育 小中155校に苦情「発達踏まえていない」
 性教育をめぐり、全国でのべ百五十五校の公立小中学校が苦情を受けていたことが二十二日、文部科学省が初めて実施した昨年度の実態調査で明らかになった。小学校低学年に性器の名称や性交を教えたり、中学生にコンドームの装着実習をさせることへの苦情もあり、過激な性教育の深刻な実態が浮き彫りとなった。

 問い合わせも合わせるとのべ五百二十校に上るが、学校が記録しなかったケースも想定され、実数はさらに膨らむとみられる。

 文科省では四月末に各都道府県教委などに調査を要請。昨年度の全国の状況を調べた。

 調査結果によると、小中学校で苦情や問い合わせを受けたのはのべ五百二十校。苦情の内訳は「指導内容や教材が発達段階を踏まえていない」(百九校)▽「保護者などに説明もないまま進められている」(二十七校)▽「学習指導要領に示されていない内容を指導している」(十三校)−など。

 問い合わせの中には「教材や教具を使用するのであれば教えてほしい」「性教育の実施の際には事前に保護者に知らせてほしい」「性教育は学校で指導する必要がない」との意見もあった。

 指導形態をめぐっては、性教育の指導内容や教材を学校で議論していない学校が37・7%に上り、指導内容や教材について保護者に知らせていない学校は17・3%あった。
(産経 2005/12/23)


ネガティブ要因のみを総動員して列挙し、見事に煽っています。のべ数も含めるとか、「学校が記録しなかったケースも想定され、実数はさらに膨らむとみられる」と加えるとか、学校総数は表示しないとか、あたかも数が多いほうがいいかのよう。産経新聞社のオピニオン雑誌『正論』では毎号のようにジェンダーフリー性教育男女共同参画へのバッシングを行っているのでそりゃそうなんでしょうが。



産経新聞に象徴されるように、たぶんこれまでバッシングをしてきた人、さらにいえばバッシングが自己目的化している人なら「隠しているはずだ! もっとあるはずだ!」という反応が予想される。でも、例えば上データを踏まえれば7割以上は親に説明されていることになるので、多く見積もって3割の保護者が「説明を受けていない」としても、苦情件数が何倍にも膨らむと考えるのは難しい(さすがに算数はできますよね?)。



大サービスして(誰にだ)仮に倍に膨らんだとしても、全体の1%にも満たないので「蔓延度」と呼ぶには全然ふさわしくない。まあ、つくる会の教科書の採択率が0.039%だったことを考えれば、その10倍は蔓延していることになるわけですけど、そんなチンケな当社比されても困るわけで。ただし、この苦情は2004年度の状況について2005年に調査したもので、数年分を累積すれば数を増やすことは可能。パーセンテージ自体が大きく変動するとは思えないけれど、自民党のアンケートは「これまで体験したもの」であればすべて含めるということになっていたので、多く見積もって合計300前後というのは数的には妥当だったと思う。というか、何度も言っているけどアレゲな例ってのは必ず1%くらいは存在するはずだし、仮に100%「健全」なものが行われているとしたらそのほうが「不健全」じゃないかな。



無論、chikiは基本的に「数の問題じゃない」と思っているので、このデータから「過激な性教育? そんなの一部だ、たいしたことない」とは言わないし、「少しくらいそんな例があってもいいじゃないの」的な居直りはしたくない。言うまでもないことだけれど、たまたまその一部にあたってしまうことで、ネガティブな効果を「無二のほかならぬその人」が受けてしまうことはまずいから。chikiも「たまたま自分が」スケープゴートにされることで不幸な小中学生時代をすごしたので、そのあたりは常に気になる。



ただ、これまで見てきたように、自民党PTのように針小棒大に振舞うのは明らかにおかしい。というか、自民党がこれだけ騒いでいるのも、性教育を実情にあったものにしようというよりは、あくまで「政争の具」、あるいは「実情に合わなくても、自分好みの方法で振舞えればいいもんね」的な居直りに見えるし、対策も「教育基本法を変えれば万事うまくいく」的なアッパラパーな言説ばかり目に付く。chikiが基本的に「数の問題じゃない」と思っているのは、「当事者不在」の議論にしたくないからで、自民党PTがそのあたりを真剣に考えているとはどうも思えない。私は保革左右問わず、万人が自分と価値観を共有しさえすればうまくいくというような考え方にはすんごく疑問ですから。



さて、最後に補足。この手の揚げ足取りばかりしていても全然建設的ではないと思うので、少しこの手の話題のヒントになりそうなものを。保守系メディアに触れていると、「小学生にペニス、ワギナと言わせていた」「中学校や高校でコンドームの装着実習があった」というものが「過激な性教育」という例としてよく出てくる。ところが、厚生労働科学研究班と日本家族計画協会が共同で実施した「男女の生活と意識に関する調査」によると、「男女の心と身体の違い」について小学校低学年までに教えてほしいと思っている人は約40%、小学校高学年までに教えてほしいと思っている人が約80%いることがわかる。コンドームの使い方については義務教育終了までに教えてほしいと願っている人が60%以上いたりする。






他の項目も、要するに「自民党いわく過激な性教育」を、むしろ義務教育が終わる前までに教えてほしいという声が多くあることがわかります。こうなると、自民党はいったい誰のために不明瞭なソースで「過激じゃ!過激な性教育が蔓延しているのじゃ!日本解体をもくろむ天狗の仕業じゃ!」と騒いでいたのか分からなくなる。いや、もちろん自分たちのためなんだろうけどね。この調査自体はおもしろいので、また別の機会に触れるかもしれません。



で、この手の議論に対するchikiの基本的なスタンスはこちらのコメント欄こちらのエントリーにて既に示しています。要するに、性教育を過激だと思うか否かとかそういうレベルの議論じゃなくて、有効か否か、差別の解消になるか否かというような設計的な議論をしていただきたいということ。おねがいしますよ、ほんと。