現状分析 ――二つのパラフレーズ


kwkt:
ところで、石川准さんが『アイデンティティ・ゲーム』で書いている図なんですけど、上山さん、ちょっと紙と鉛筆があったら書いていただきたいのですが、昔数学で習ったようなX軸とY軸のあるクロスを書いてください。で、縦軸の上が「統合」、下が「排除」、横軸の左(数学でいうマイナス)側が「異化」、右側が「同化」としてください。




上山:
書きました。




kwkt:
これで第1〜4象限ができたと思うのですが。




上山:
できました。




kwkt:
石川准さんはこう定義しています。第一象限(統合・同化)「メルティングポット」、第二象限(統合・異化)「サラダボール」、第三象限(排除・異化)「アンダーカースト」、第四象限(排除・同化)「アノミー」。メルティングポットとは文字通りその社会に溶け込んでいることを示します。サラダボールとは(エスニックマイノリティの場合)自分の文化を保持したまま、社会に統合されている状態です。アンダーカーストは異端視・排除されている状態、アノミーは文化的には同化しているにもかかわらず社会・経済的に排除されている状態とのことです。石川准氏はこれをエスニック・マイノリティのアイデンティティ問題として使用しているのですが、日本では一億層流中という名の第一象限しかこれまでなかったのかも、と考えるとひきこもりやニートはどう考えられるのかなと。











上山:
現状では「アンダーカースト」では。本人の意識は「アノミー」で自我維持されていることも多いかな。




kwkt:
僕が考えるに、ひきこもりやニートの問題がややこしいのは、おそらくこれまでサラダボールの人(ビジネスで来た外国人)やアンダーカースト(不法入国した外国人)やアノミー在日朝鮮人・沖縄)がいたんですけど、その線引きが容易だったと思うのです。そして「自分たち」だと思っていたところからひきこもりやニーと問題がでてきたので第一象限⇒第四象限⇒第三象限へと移行していると考えられませんか。

このアイデンティティマップは固定的なものではなく状況・環境によって異動していくと考えてよいと思います。なんか巧く語れていない気もしますが、なんらかの一助になればと思いまして。





上山:
ふむ・・・・当事者たちの中には、「不登校文化を維持しながら生きていこう」などという声もありますね。(つまり第二象限=サラダボールを目指すと)




kwkt:
で、これも石川氏がのべていることですが、サラダボールの中にも自文化中心主義は存在しうるとのことです。




上山:
ありがとうございます。これまでは(樋口明彦さんに教えられて)「統合−排除」という軸で考えていたのですが(そこに様々な要因がある)、そこに「異化−同化」軸を加えたわけですね・・・・。




kwkt:
これはいろいろ議論ができて面白いですよ。アンダーカーストからサラダボールに上がるためにどのような経路が必要だと思いますか? サラダボール(もちろんアンダーカースト)の中の自文化中心主義の権力争いが、上山さんも被っておられる「お前が代表するな」問題でもあると思います。




上山:
私が考えていたのは、「アンダーカーストの中に、既存社会でも承認される飛び抜けた人材が複数現れて、社会が認知せざるを得なくなる」という回路だったでしょうか。だから滝本竜彦さんの登場を喜んでいたのです。




kwkt:
例えば「異化−同化」軸はエスニック・マイノリティだと自文化(異化)―ホスト国文化(同化)となるわけですけど、ひきこもり・ニート問題だと同化に「就業」とかが入ってくるかもしれません。さきほどのチャットで労働者にならなければならないかという議論がありましたけど、「労働者にならなくても天才的な人が出てきて社会から認知」だとすると第3象限からそのまま第2象限へ上昇するわけです。




上山:
そう思います。「経済的ホスト文化」とでもいうか。企業文化とか経済文化になじめないわけですから、自分の個人的文化が。





kwkt:
これを考えるのは難しいかもしれませんが、社会が変化できれば、第3象限⇒(第4象限)⇒第1象限⇒第2象限とできないものでしょうかと考えたりします。この流れがエスニックマイノリティの場合の社会統合の動きだとのことです。ただし成功例として。




上山:
なるほど。その順路は理想的に見えます。▼さきほども言いましたけど、引きこもり当事者の場合、どう考えても「3」なのに、頭の中では「1」にいたがって、事実上は「4」だ、という感じではないでしょうか。





kwkt:
軸のポジションだけでなくどのような経路でどのような状態になるのがいいのかということも議論の対象になるのでこの図は役に立つかもしれません。




上山:
ありがとうございます。参考にさせて頂きます。重要なのは、各人が第2象限を目指す、ということなんでしょうかね。




kwkt:
日本では第二象限・第四象限への想像力自体が弱いので、それらへの感受性が拡張されていくのはこれからだと思います。




上山:
(なるほど・・・・第3象限は、嫌悪感とともに露呈しているというか。)





kwkt:
仲正さんの『お金に「正しさ」はあるのか』という新書があります。その中にロールズの正義論についての記述があるのですが、先ほどから議論してきたことに参考になるかもしれません。僕の知っているロールズの正義論の理解を簡単に最初にお話しますね。ロールズは(これは完全にフィクションと言ってしまえばそのとおりなのですが)「無知のヴェール」という概念を提唱しています。今のあなたは○○な職業に付き、年収はこれくらいで、○○する能力があって・・・という属性があるけれども、もしあなたが生まれ変わるとして、どのような能力をもったり家に生まれたりするか完全にわからないとしたらどのような社会制度が望ましいか考え直して見ましょう。であれば、どのような家に生まれても、公平に社会参加できる制度がよいのではありませんか?と問いかけるわけです。ここでは公平に社会参加した後の格差は認めるというのがミソです。





上山:
○機会の平等、×結果の平等、ですね。




kwkt:
そうですね。だからロールズか誰か忘れましたが、相続税100%なんて言ってる人もいるみたいです。このロールズの正義論なんですが、仲正さんによると比較的最近まで日本のマルクス主義系の左派の方々の評判はよろしくなかったとのことです。その理由は、ロールズの正義論が、人々の欲望の体系である(資本主義的な)「市場」を解体することなく、諸個人の間に生じる「不公正」を矯正することを目指す構想だったからだそうです。簡単に言ってしまえば、マルクス主義では資本主義的な欲望とかを克服してこそ公正な社会が実現するという考えなのですがロールズ理論のメリットは人間改造・市場解体を経ないで、社会全体に通用する普遍的正義を構想できるとことにあると。

ロールズの議論は(資本主義的)欲望と切り離した形で正義論を展開することを可能にしたとのことです。まあ正義論自体ににもいろいろ問題はあると仲正さんは書いているのですが、意識を変える(変えさせる)のではなく、今の意識を利用するという点が参考になるかなと。





上山:
「克服」ではなく「切り離す」と。




kwkt:
さきほどの樹形図の「なんとかしようよ派 このままじゃ俺らも困るよ派(自己中心派)」はこれが使えるのではないかと。そしてこのコモンセンスならばまだ合意可能なかなぁと思ったりするのですが、いかがでしょうか。




上山:
なるほど。私は期せずしてそれをやっていたかも。「放っておくとあなたの街が自殺者とホームレスであふれ返りますよ」みたいなこと言ってましたから、よく考えると自殺者とホームレスを悪く言ってるかも(苦笑)





kwkt:
まあそれも戦略的な観点であれば必要な方便かと。




上山:
理念的に相手の意識を変えようとするのではなく、現在の利害感情に訴える形で合意形成しようということですね。




kwkt:
れで振る舞いが理念的な方々と同じようになれば何も問題ないということです。これが前回pinさんと僕で議論になった点でもあると思うのです。もちろん文化的・個人的差別意識に対しては徹底抗戦だと思いますけど。それも環境が変われば、みなの意識も変わってくるのかなぁと楽観的に思ったり。




上山:
「経済的に機が熟さないと、『利害意識』は戦略的に用いられない」など、ミクロとマクロの両レベルで戦略を使い分ける、としか言い様がない気がするのですが。。個人レベルの戦いとしては、制度・環境レベルは全くいじれないので、「個人的差別意識に徹底抗戦」とか、言論活動とかしかないですね、とりあえずは。ちなみに「環境が変われば意識が変わる?」という話は、私がLETSという地域通貨に興味を持った理由だったんです。「ちがう設計図の決済制度を体験できれば、意識も変わるのではないか」というような。




kwkt:
なかなかすべてを一度に変えることはできないですけどね・・・。





上山:
ちなみに、まったく違った話なんですが、「ベーシック・インカム」というのはご存知でしょうか。(参照:『福祉社会と社会保障改革―ベーシック・インカム構想の新地平』)




kwkt:
何でしょう?初耳です。基本的収入?




上山:
簡単に言いますと、「成人すべてに無条件に一定額を支給する制度」です。





kwkt:
あ、それ『希望格差社会』に山田氏が提言した政策としてのってました!




上山:
あらら、そうでしたか!どの辺?




kwkt:
最後の246ページです。審議会に提案したら「若者はそれでブランド品を買うからダメ」と言われたとか・・・。んなバカな・・・。





上山:
ああ、「成人したら6万ドル」ですね。これは 一時支給金ですが、「ベーシック・インカム」は、毎月一定額が一生続く、というものです。




kwkt:
へ〜それは僕でもフリーライドしそうだw>>毎月一定額が一生続く




上山:
あはは(笑)




kwkt:
選択できるとさらにいいですけどね>>一時金or継続




上山:
試算では、日本の現在のGNPだと「1人8万円」が可能だとか。ただし、医療保険も年金も失業保険もすべて撤廃です。




kwkt:
うわー!今やったらみんなフリーライドしそうwと思ったけど「医療保険も年金も失業保険もすべて撤廃」だとみんな貯めこみそう・・・w




上山:
男女で暮らせば、働かなくても毎月16万円は入ってくる。「それ以上の生活」を望む人だけが働けばいい、と。




kwkt:
でもこれって(お金が必要な)若者にとっては助かるかもしれませんね。出生率も上がりそうな気がします。




上山:
そうですね(笑)>フリーライド&貯めこみ。▼すぐにお分かりだと思いますが、これを一国でやると、お金持ちがみんな国外脱出するとか、他の国の貧困層が大量に移民してくるとか、「そもそもみんな働かなくなってGNPを維持できない」とか、批判はいろいろあるわけです。




kwkt:
みんなで沈没!って不安はありますよねw




上山:
しかし、「働かざる者食うべからず」の反対の「食わざる者働くべからず」からすると、「食いはぐれる」心配がなくなることによって治安も安定し、「より良い生活」を目指したり、自発的な勤労意欲が高まったりするんじゃないか、という意見があったり。ちなみにさきほどご紹介した本が、現在のところ日本で唯一の「ベーシックインカム」紹介本です。



kwkt:ただ今働いている人々は、最低限の生活レベルを維持したいがために働いているとしたら、多くの人々が働く意欲をなくしたりするかもしれませんね。仮想ですが。




上山:
そうですね。みんな「働きたくない」っていうのが今のデフォルトですから。それこそ「制度が変われば意識が変わる」があり得るのか、みたいな。日本ではまだ1冊しかないですが、欧米ではそれなりに研究されているようです。「はてなダイアリー」のキーワードを作っておきましたので、私のダイアリーで検索するなどして、よければご覧ください。




kwkt:
それもEUだから可能性が論じられるのかもしれませんね。あとキリスト教の伝統もあるかな。




上山:
さきほどの貸付体質もそうですが、思想が違う、というか・・・>日本と欧米。逆に「制度で思想を変えてしまう」のは無理かなぁ・・・・などと、弱小個人が言ってもしょうがないかな。




kwkt:
かなりおしゃべりしてしまいましたが、chikiさんはちゃんとログをとれてるでしょうかw もう僕らの会話で前の会話はほとんど消えちゃいましたし。




上山:
そうですね。それにしても、楽しく、有意義な時間でした!ありがとうござます、本当に。あ、実は今日の会話は私は最初から今の最後まで、すべてログをコピペしてます(笑)




kwkt:
僕も楽しかったです。今回の会話のログは番外編としてchikiさんに送りましょう!




上山:
激しく迷惑がられる予感(笑)










追伸。上山さん、kwktさん、お疲れ様でした! ログまとめがめんどくさかったぞこのやろう ぜんぜん迷惑じゃないですよ♪