「保守速報」裁判の地裁判決と、「まとめサイト」の今後

2017年11月16日。京都地裁で、ライターの李信恵氏が、まとめサイト「保守速報」を相手取って訴えた裁判の判決が出た。李信恵氏が原告となり、「保守速報」が被告となったこの裁判では、「保守速報」に対し、200万円の支払いを命じるという判決がひとまずでた。


この判決で確定というわけではないため、今後、高裁などでどういった判断が下されるのかを見守りたい。というのもこの裁判は、今後「まとめサイト」の法的責任をどのように位置づけるかという重要な参考事例となりうるためだ。


以下、判決文から、原告と被告双方の主張と、それに対して地裁がどのような判断を行ったのか、気になった論点を自分なりに要約していきたい。

  • 争点1:原告の権利を侵害しているか

【原告の主張】
「朝鮮の工作員」「キチガイ」「寄生虫」「ゴキブリ」「ヒトモドキ」「クソアマ」「ババア」「ブサイク」「鏡見ろ」「死ね」などの数多くの書き込みが、名誉毀損、侮辱、人種差別、女性差別、いじめ、脅迫、業務妨害にあたる。


【被告の主張】
ブログ記事は、原告個人に対する批判ではなく、対立思想に対する批判又は保守的な政治思想に基づく意見ないし論評にすぎない。名誉感情を害するものや、差別などにはあたらない。


【判決】
本件各ブログ記事には、名誉毀損、社会通念上許される限度を超えた侮辱、人種差別、女性差別にあたる内容が含まれているというべきである。

  • 争点2:新たな権利侵害の有無

【原告の主張】
被告は、表題の作成、抜粋、強調、加工、転載などを行うことで、ブログ記事の内容を、引用元の投稿よりも集約的かつ先鋭的なものに変容させた。その結果、情報の伝播性が高まり、内容が広く知られた。したがって、原告の権利利益が新たに侵害された。


【被告の主張】
表題の作成、抜粋、協調、加工、転載などはまとめ記事を作成する上で当然必要となる行為だった。本件各ブログ記事の内容が2ちゃんねるのスレッド等の読者以外に広く知られたことは、何ら証明されていない。原告の権利利益は引用元の投稿の掲載行為により侵害されたのであって、本件各ブログ記事の掲載行為により新たに侵害されたものではない。


【判決】
本件各ブログ記事は、引用元の投稿を閲覧する場合と比較すると、記載内容を容易に、かつ効果的に把握することができるようになったというべきである。記事の内容は、2ちゃんねるのスレッド又はツイッターの読者以外にも広く知られるものとなったといえる。ブログ記事の掲載行為は、引用元の2ちゃんねるのスレッド等とは異なる、新たな意味合いを有するに至ったというべきである。被告がブログ記事を掲載した行為は、2ちゃんねるのスレッド又はツイッター上の投稿の掲載行為とは独立して、新たに憲法13条に由来する原告の人格権を侵害したものと認められる。

  • 争点3:違法性阻却事由の有無

【被告の主張】
(1)名誉毀損について:ブログ記事を掲載した目的は、原告を誹謗中傷することではなく、2ちゃんねるのスレッドに掲載された情報を集約し、読者に分かりやすく紹介するという、専ら公益を図ることである。原告は知名度のある記者として、記事等において発言したのに対し、レスの投稿者は、無名の私人として、2ちゃんねるのスレッドで原告の主張の過激さと同程度の過激さをもって原告個人ではなく対立思想を批判したに過ぎず、その方法及び内容は相当な限度を超えるものではない。
(2)対抗言論の奏功:原告は知名度のある記者として反論を繰り返しており、その対抗言論が奏功している。したがって、原告の社会的評価の低下が否定される、又はその違法性が阻却されるというべきである。
(3)インターネット上の表現であること:インターネット上の表現は従来型のメディア上の表現と比較し、一般の読者には信頼性の低い情報と受け取られるし、これにより一定程度名誉が毀損されても、被害者はインターネット上の反論によりその回復を図ることが可能である。インターネット上の表現は、より広く保護されるべきであるから、掲載行為による名誉棄損については、違法性が阻却されるというべきである。


【原告の主張】
(1)名誉毀損について:原告は私人に過ぎず、被告が各ブログ記事を掲載した目的は、原告を誹謗中傷することにあって、専ら公益を図ることにないのは明らかである。内容は、原告に対する人身攻撃に及んでおり、意見ないし論評の域を逸脱している。
(2)対抗言論の奏功:保守速報が多数の読者を持つ影響力の大きいブログであることなどからすれば、十分な反論はできず、対抗言論の奏功をいう被告の主張には理由がない。
(3)インターネット上の表現であること:従来型のメディア上の表現とは異なり、誰もが容易に閲覧することができる上、削除されても複製や転載によって永続的に広まっていく性質があり、被害の程度は深刻。違法性が阻却されることはない。


【判決】
(1)名誉毀損について:ブログ記事全体において、侮辱的な表現、あるいは原告が人であることや通常の判断能力を有することを否定するような不穏当な表現を多数用いて、原告の精神状態、知的能力、人種、容姿等を揶揄するものである。これらはいずれも原告の言動を批判するにとどまらず、原告の人格そのものを攻撃するに至っていると認めるのが相当である。違法性が阻却されるという被告の主張は、採用することができない。
(2)言論の応酬の法理について:各ブログの掲載行為による名誉毀損は、原告の発言と対比して、その内容において適当と認められる限度を超えているというべきであるから、いわゆる言論の応酬の法理により違法性が阻却されるという被告の主張は、採用することができない。
(3)その他の違法性阻却事由について:インターネット上の表現であるからといって、一般の読者がおしなべて信頼性の低い情報として受け取るとは限らないこと、インターネットに掲載された情報は、不特定多数の者が瞬時に閲覧可能であり、これによる名誉毀損の被害は時として深刻なものとなり得ること、一度損なわれた名誉の回復は容易ではなく、インターネット上での反論によりその回復が十分に図られる保証があるわけではないことなどを考慮すると、違法性が阻却されるとは解し難い。被告の主張は、採用することができない。

  • 争点4:原告が被った被害の額

【原告の主張】
被告の違法行為は人種差別および女性差別の複合差別であり、原告が複合差別により精神的苦痛を被ったことを確かめてそのことを歓迎したり、原告を日本の地域社会から排除しようとしたりするもの。
また、被告は、過激な内容のブログ記事を掲載して多くの広告収入を得るという動機をも有していたこと、実際に約1年間に45本ものブログ記事を継続的に掲載し、その内容がインターネットを通じて広く知られていたことなどからしても、被告の不法行為は極めて悪質である。


【被告の主張】
原告には損害が生じていない。被告は各ブログ記事でバナー広告収入を得ていたが、過激な内容のブログ記事を掲載して多くの広告収入を得るという動機は有していない。このことは、本件各ブログ記事が被告の掲載した全ブログ記事のうち本数にして1%にも満たないことからも明らかである。
原告は、被告が削除要求に応じる旨を表示していたにも関わらず、被告に削除を要求せず、2ちゃんねるの管理者に対しても削除を要求していない。このように削除を要求せず長期間放置したことにより、自ら損害の拡大に寄与したというべきである。


【判決】
当該表現が原告の名誉感情、生活の平穏及び女性としての尊厳を害した程度は甚だしいものと認められる。特に、本件においては、複合差別に根差した表現が繰り返された点も考慮すべきである。
被告は、約1年間にわたって名誉毀損、社会通念上許される限度を超えた侮辱、人種差別又は女性差別に当たるブログ記事を40本以上も掲載したのであり、不法行為の態様は執拗である。情報を紹介する目的で掲載しただけではなく、原告の名誉を棄損し、侮辱し、人種差別及び女性差別を行う目的をも有していたと認めるのが相当である。
他方、被告が各ブログ記事の掲載行為により一定の広告収入を得ていたことに争いがないとはいえ、被告が過激な内容のブログ記事を掲載することにより多額の収入を得るという動機まで有していたことを認めるに足りる証拠はない。
原告が削除の要求をしなかったからといって、損害の拡大に寄与したことにはならない。

  • 争点5:権利濫用及び信義則違反

【被告の主張】
本件各ブログ記事の内容は、政治思想に関わるものであり、憲法21条の保障する表現の自由の中でも特に保護されるべきである。原告が本件訴訟を提起した目的は、被害からの救済ではなく、このような要保護性の高い政治思想に係る表現の自由を抑圧することになる。本件訴訟は、いわゆるSLAPP訴訟にほかならない。


【原告の主張】
原告が本件訴訟を提起した目的は、政治思想を抑圧することにあるのではない。表現の自由は無制限に保障されるものではなく、個人の権利利益を侵害する表現は、一定の要件を満たす場合には規制の対象となる。原告は、各ブログ記事により、憲法13条および14条1項で保護された自己の人格権及び平等権を侵害されたため、その被害からの救済を求める目的で本件訴訟を提起したのである。SLAPP訴訟には当たらない。


【判決】
本件訴訟における請求が権利の濫用に当たり、信義則に反するものとは認められない。


以上、判決文を自分なりに整理した。地裁の判断は、書き込み内容の問題点だけではなく、「まとめただけ」「ネットだから」では済まされないという、ウェブ上の表現形式についても触れるものとなっている。今後の裁判のゆくえ、および類似の係争について、どのような判断が下されていくのか、見ていきたい。


私見では、この判決はいわゆる「まとめブログ」だけでなく、togetterやNAVERまとめなどのサービスにおいても重要な意味を持つと考える。「まとめ」もまた、主体的な表現である以上、様々な責任が問われる行為だ。このことを前提としたコミュニケーションが必要となってくる。