『水は語る (講談社+α文庫)』で意気投合する江本勝さん&窪塚洋介さん

最近トンデモ本を入手することが多くなった。別に自分で購入しているわけじゃなくて、ブログを見た友人知人が「chikiさん、こういう本好きでしょ」といって次から次へとくれるのだ。おかげで「スピリチュアル」とか「ケルト」とか「ヘキサグラム」とか「占星術」とか「波動」とか「ハッピー」とか、そんなタイトルの本が本棚を埋めつつあって、なんかこう、「本棚の復元」ボタンがあれば1年前に戻していただきたいというような、そんな気分。


今回読んだ『水は語る (講談社+α文庫)』も、そんな経緯でいただいたもの。一時期、ウェブ上で江本勝水は答えを知っている―その結晶にこめられたメッセージ』などの「ニセ科学」批判が盛り上がっていたため、ご存知の方も多いと思う。『水は語る (講談社+α文庫)』はその解説本にあたるようなもので、著者の主張に関しては「水は答えを知っているwiki」とかで既に散々批判されているので今更いじるのも出遅れた感があり、スルーしようと思ってた。…思ってたんだョ。


でもね、巻末に掲載されている江本勝さんと窪塚洋介さんとの対談を読んだとき、これはムリ、スルーするのムリ、そう確信した。だって、対談のタイトルからして「共鳴対談」なんだもの。面白すぎ。なんていうか、もうさ、徹底してるよね、芸風


対談について触れる前に、本書の内容をごくごく簡単に解説しておこうと思う。本書の内容を一言でいえば、「水は答えを知っている」という前提のもとで、色んな実験を繰り返すというもの。例えば美しい言葉を聞かせるとキレイの水の結晶ができて、汚い言葉を聞かせると汚い水の結晶が出来る。ショパン美空ひばり、クラシック、お経などを聞かせるとポジティブな結晶ができるけど、ヘビメタを聞かせるとネガティブな結晶ができる。臨界事故が発生した茨城県東海村の水はマイナスの感情が表れている結晶になる…。こんな調子で、「水」がいかに物事の本質を測るリトマス試験紙の役割を果たすかということを延々と繰り返してます。


本書では、「実験」はさらにエスカレートしていく。例えば「ばかやろう」と書いた紙を貼ったビンにご飯を一ヶ月入れておいたら真っ黒に腐ったが、「ありがとう」と書いた紙を貼ったビンに入れておいたご飯は白いままで芳醇な香りがしたとか。曰く「それは言うまでもなく、『ばかやろう』という言葉はネガティブなエネルギーを持つものであり、それは同じネガティブなエネルギーを持つ悪玉菌と共鳴し、結果的にそれを応援してしまうことになったからです。むろん、『ありがとう』の場合は、その逆のポジティブな善玉菌に対しての応援となるわけです」。


あるいはミステリーサークルの写真の上に蒸留水を置いてその結晶を撮影すると、「とられた結晶写真は、どう考えてもいわゆるUFOの形をしたものばかり」だったとか(見たんか!)。曰く、「この図形の持つ意味合いが、そのまま水を通じて結晶という形で私たちに対してメッセージを送っていると考えれば、『このサークルはUFOによって作られているのだよ』ということを示唆する図形であると考えられます」。


さらにはアドルフ・ヒトラーという言葉を水に見せると、「ムカツク・殺す」という言葉を見せた時と同様、すごく醜い結晶が出来たとか。曰く、「ヒトラーというと“大量殺戮”を誰でも思い起こしますが、現代の一部の若者の『ムカツク・殺す』という言葉との相似性があるとすれば、『これは大変なことになってしまうな』と思うのは、きっと私だけのことではないと思います」。


こんな感じの「実験」が続き、水スゲー、言霊ってあるんだなー、美しく生きようぜー、そんな感じーって言葉が続いた後、次のような言葉で締められる。


(水の力を利用したシステムを使えば)地震予知だけでなく、あらゆる環境汚染観測、大自然災害の予知、感染症流行の予測、秘密裡に行われる各種軍事実験の把握など、あらゆる人類を脅かす現象を予知予測するものとしても応用可能でしょう。さらには、水分子はこの宇宙空間にあまねく存在しているという前提において、いろいろな宇宙の情報をキャッチすることも、可能になることでしょう。そして何よりも、このような技術の存在に対して、多くの人々が信頼し希望を持つことができれば、そのポジティブな波動は、これらの技術の完成をさらに制度の高いものにし、予定されていた地球の“つらいシナリオ”を平和で楽しいそれへと変えてくれるものと、私は信じているのです。


そんなこんなで問題の「共鳴対談」です。「『水は答えを知っている』を本屋さんでたまたま見つけて読みはじめたら、ボクが普段考えたり感じていることがベースにあって」「何か通じるものを感じて」と語る窪塚さんは、のっけから江本さんと意気投合。どうやら「ピースな愛のバイブスでポジティブな感じでお願いしますよ」発言でも有名な窪塚洋介さんは、江本さんの「波動」概念などに「共鳴」した模様。

(江本) おいくつでしたっけ。
(窪塚) 二四です。
(江本) 三六歳も違うんだ。でもね、思いというか、感性が一緒だというのは、ボクとしては嬉しいですね。
(窪塚) 年も性別も人種も関係ない。ここ(壁の掛け軸を指して)、掲げられていますよね。「共鳴磁場」って。本当にこういうことだと思うんです
(江本) そぉ! まったくそうなんですよね。いや、よくわかりましたよね。共鳴磁場なんですよ。(…)
(窪塚) 確かに、ガチャっと扉を開けて中に入ったときに、気持ちがいいなと感じる場所とそうでない場所ってありますよね。
(江本) 場の違いがなぜ生まれるのかというと、やはりお水さんが関係しているのだと思っています。この大気の中も水蒸気でいっぱいですよね。水は心の鏡といいますが、そこにいる人たちの微細な振動・波動を、水蒸気となっているお水さんは察知している。見えないけれども、すでにこの空気中にも結晶はできているわけです。
(窪塚) ボクらの身体の七〇パーセント以上が水でできているといいますから、言霊によっても、それが変化する。そういうことですよね。


「そういうことですよね」と言われても、どういうことなのかがさっぱりわかりませんが、二人の間には共鳴磁場が生まれていて、話していて大変気持ちよさそうです。くれぐれも「あなたたちの会話の七〇パーセント以上がナゾで出来ているといいます」とか言って水を差さないように。

(江本) 水の結晶と言うのもバイブレーションが表されたものでしょ。曼荼羅のデザイン化ですよね。
(窪塚) なるほど。よく、「いいバイブス」「悪いバイブス」という言い方をするんですけど、いいバイブスの人というのは、いいバイブレーションの人という意味で、そのまんまの表現なわけです。そう、振動なんですよね。
(江本) はぁ、そうなの。バイブスね。初めて聞いた。
(窪塚) バイブスアップとかグッドバイブス、バッドバイブスとか言います。(…)“わくわく”するって言いますよね。これって「水が湧く」の“わくわく”からきているのじゃないかな。音霊というか…
(江本) そのへんのところは麻の中山康直さんの専門だけど、日本語の言葉というのは、すべて振動ありきとわかってつくられていると思える。音という字は日が立つと書きますよね。お日様があることによってバイブレーション、つまり振動のエネルギーがあるという意味で、反対に闇という字は門構えの中に音を閉じ込めちゃってる。そうすると闇になる。光がないから闇ではないんです。音がないから闇なんですね。量子力学の世界です。
(窪塚) ええ、みんなつながってきますね。量子力学と神話がつながっていたり。
(江本) 日本の古神道というのはまさに量子力学だと思いますよ
(窪塚) 神道というのは振動のことですよね
(江本) あれ、私の話をどこかで聞いたんじゃないの(笑)。


要所要所理解不明の意気投合が見受けられますが、とりあえず「中山康直って誰だよ」と思って調べてみたところ、「縄文エネルギー研究所所長」で、「麻は地球を救う」と主張している方らしいです。納得です。


それにしても「音霊」(おとだま)ですよ、「音霊」。なんか、吉本隆明が『言語にとって美とは何か』の中で、「たとえば原始人が海をみて、自己表出として『海(う)』といったとき『う』という有節音声は、いま眼のまえにみている海であるとともに、また他のどこかの海をも類概念として抽出していることになる。そのために、はんたいに目の前にある海は『海(う)』ということばでは具体的にとらえつくせなくなり、ひろびろとしているさまを『海の原』なら『うのはら』といわざるをえなくなった」とか書いていて、言語学者や文芸評論家等の失笑を買っていたことを思い出しちゃいました。


(江本) いやぁ、「これから日本はどうなるんだろう??」と、この国を憂えていましたけれど、あなたのように若い人が、こんなふうにすごくいいエネルギーを出してくれると、この国だって捨てたもんじゃないと思えますよ。僕はね、芸能界の方たちはみんな、波動人間だとおもっているんです。(…)芸能人の芸とは、草冠に云うと書きます。自然の心を伝える人なんですね。本来の生きざまを芸によって表現できる人。世の中を良い方向にもっていくために、芸能界の方が立ち上がっていただければすばらしいと思っています。(…)
(窪塚) 多くの人が知ることによって、流れができて良い方向に向かっていく。そのときには確かに、水という門を通っていくのかもしれませんね。
(江本) だから、本当に感謝していますよ。あなたがいろんなところで水の話をしてくれるのをね。(…)僕はね“世の中を変えるのはそんなに難しいことではない”と思っているんです。どうやってかって、それは「言葉」なんです。良い言葉をみなさんが使うようにすれば、世の中は変わります。良くなります。なぜなら、それは物理現象で「共鳴の原則」だからです。自分の出したものが共鳴して返ってくるという、これはエネルギーなんです。美しいものの考え方や言葉を発していれば、それは美しいものとしか共鳴しない、そして美しい現象として返ってくる。
(窪塚) それ、わかります!! ネガティブな思いや言葉を発したときには、ネガティブな思いや現象としか共鳴しない。
(江本) 自分の意識や思いの通りに現象が返ってくるのだから、良い言葉を使うようにすれば、良い現象しか返ってこない。そういう運動を市民レベルでやっていきたいと思っているんです。
(窪塚) やっていきましょう。
(江本) ええ、やりましょう。


と、終始「共鳴」したまま対談は終了しました。二人はこれから、何をやるんでしょうか。とても気になって仕方がありません。


さて、この「共鳴対談」からも分かるとおり、江本さん、本の中ですんげー現代を憂いてるみたいです。本書でも、「今、私たちは、さまざまな矛盾や問題を抱えながら、この地球と言う星で暮らしています。その中でも、いちばん大きな問題は、エネルギーに関する問題ではないでしょうか。地球を一つの生命体と考えたとき、これによって、私たちはさまざまな難問を蓄積させてしまったといえます」とか「エネルギーをめぐっての度重なる戦争や経済闘争は、人間の本来の精神性をゆがませ、多くの人の心を傷つけました」とか、現代は末世であるかよのような言葉が並んでいます。


確かにオカルト言説には警世的な性格を持つものが多いですから、個人の趣味を「自然」というタームを利用して押し付けるという言説パターンが反復される「憂国」的、あるいは「俗流若者論」的な言説と親和性が高くなるのは理解できます。でもやっぱり、「人間の本来の精神性」とか読むと、マジックワードキタ━(゚∀゚)━ッ!! エセ本質主義キタ━(゚∀゚)━ッ!!  生産性のない議論パタ━(゚∀゚)━ンッ!!  とかはしゃいでしまいます。どうやら chiki の体は腐った水で出来ているに違いありません。もしかして「水臭い奴」って、そういう意味だったのかもしれません。



最後に。「共鳴対談」なんて言葉初めて聞いたので、念のためにググってみたら、『月刊Hado』という雑誌のページが見つかりました。うーん。なんだかすごく何かに似ている気がする。なんだっけ。








あ、思い出した!










A・NO・YO (あのよ) 2006年 12月号 [雑誌]

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これだ!