熊本地震に関する流言まとめ・その2

熊本地震に関する流言のまとめ、簡易版の続きです。

  • 犯罪流言について熊本県警が注意呼びかけ




犯罪増加流言等について、熊本県警が注意を呼び掛けています。犯罪に注意するにこしたことはありません。しかし、注意喚起のために、不確かな流言を利用する必要はありません。


参考として、「東日本大震災における助け合いと犯罪」(『大災害と犯罪』、2103)によれば、東日本大震災の際には、2010年1月〜6月と、2011年1月〜6月とを比較した場合、岩手・宮城・福島では、重要犯罪・窃盗犯・強姦などは減少します。侵入盗は、福島で増加、宮城・岩手では減少しています。外国人犯罪については全国データしかありませんが、こちらも減少しています。


大災害と犯罪

大災害と犯罪


流言によって、県警に対する問い合わせが発生しているという記事もあります。

不安あおるデマ情報、冷静対応を 県警呼び掛け2016年04月22日
熊本地震の発生直後から短文投稿サイト「ツイッター」などのインターネット上で、不安をあおるデマ情報が飛び交っている。県警は21日までにこうしたネット情報約40件の相談や通報を受け、パニックに陥らないよう注意を呼び掛けている。
県警によると、地震直後から「熊本市動植物園のライオンが逃げた」「大型商業施設が燃えている」「川内原子力発電所が爆発した」といった捏造[ねつぞう]情報が広がった。
消防団になりすまして強盗をしている」「女性への乱暴が相次いでいる」などの犯罪情報の書き込みもあるが、県警は具体的な被害を確認しておらず、デマ情報とみている。震災義援金を福岡県の会社名義の口座に振り込ませようとする例もあった。
被害が甚大な南阿蘇村の男性職員(41)は「多くの被災者がつらい避難生活を強いられる中、不安をあおるだけの情報を流すのは許せない」と憤る。
県警サイバー犯罪対策課は「不確かな情報をうのみにせず、報道や行政からの情報で確認し、冷静に対応してほしい」としている。(藤山裕作)
https://kumanichi.com/news/local/main/20160422008.xhtml

熊本地震熊本県警に「デマ通報」問い合わせ40件 「確認に時間が割かれる」と困惑
同県警には21日午後5時までに、地震関連で110番通報や警察署への電話など「デマに関する問い合わせ等」が約40件あった。「事実と異なる通報でも、真偽を確認する作業に時間を割かれることになる。拡散する前に、必要な情報は信頼できる情報から確認を取るなどした上で判断してほしい」と要請している。
一方で、車の中に誘い込まれそうになったり、不審者につきまとわれたりする事件も発生しており、同県警は注意を呼びかけている。
http://www.huffingtonpost.jp/2016/04/22/kumamoto-police_n_9755466.html?ncid=tweetlnkjphpmg00000001


以下のチラシは、熊本県警が実際に行っている注意喚起です。



災害時には、義援金詐欺やリフォーム詐欺等、便乗型の犯罪発生もあるので、「増加」という表現については、こちらのほうを注意喚起するのが望ましいでしょう。また、性犯罪など、相談がしにくく暗数が不透明なものもありますが、「増加」というフレーズを用いて煽るよりも、適切な相談先をアナウンスするなどの対応がいいでしょう。

  • 焼肉騒動

「4月20日西原小学校にて朝11時より肉100キロ焼きます」という書き込みが、一時ネット上で拡散されました。



これに対し、西原小学校が否定する注意喚起を行いました。

2016/4/19(火)9:11:33
【注意】SNSの情報にご注意を!
2016/4/19(金) 昨夜からSNS等で「4月20日西原小学校にて朝11時より肉100キロ焼きます」という内容の投稿が拡散されていますがそのような事実は一切ございません。またその件についてのお問い合わせが昨夜から多数あっており、学校・避難所としての本来の業務に支障を来しています。もしもご友人間等でこの件が話題になりましたら「事実ではない」ということをお伝えいただきますようお願いいたします。



この件について、投稿主とされる方はその後、「学校側の方に相談をせずにフェイスブックにて焼肉のことを広報してしまいました(…)この私の独断による広報によって、避難所である小学校の電話は問い合わせてパンクするほどになり、その電話の対応のために避難所として必要な活動が妨げられ、深夜に及んで対応してくださった先生方やボランティアの方にはなんとお詫びをしてよいのかわからないくらいのこととなっております。また、焼肉のことを聞き、楽しみにしていただいてた方々に対しましても、結果としてこの情報がデマとなってしまいましたこと、まことに申し訳ございません」と書き込みしています。


http://togetter.com/li/964043

「ただいまヤマト運輸株式会社では、九州地方を中心とする震災発生に伴い支援物資輸送協力隊を結成いたしました。支援物資の輸送等の依頼は当アカウントのDM投稿から並びに不明な点の質問にもお答えしております。今こそ1つの輪を築き上げましょう!負けるな九州!」


そもそも文章が変であったり、支援物資の依頼をツイッターでのDMで受け付ける点など、おかしな点だらけでした。4月17日時点でヤマトは、「熊本県内での宅急便の集配状況について」として、以下の文章を掲載していました。

いつもヤマト運輸をご利用いただきまして、ありがとうございます。
熊本県を中心に発生している「平成28年熊本地震」に伴い、熊本県と宮崎県の一部地域に向けたすべての荷物(宅急便・クロネコDM便など)の荷受けを一時的に中止させていただいておりましたが、本日4月17日13:00より宮崎県の一部地域(西臼杵郡全域、東臼杵郡 椎葉村)への荷受けを再開いたしましたので、お知らせいたします。
なお、熊本県向けの荷物の荷受けおよび、熊本県全域での集荷と店頭での荷受けについては引き続き中止しております。
お客様にはご迷惑をお掛けいたしますが、何とぞご了承いただきますようお願い申し上げます。
また、熊本県全域以外の九州地方を発着する荷物のお届けにつきましては、一部地域で遅れが生じております。
お届け遅延の詳細につきましては、弊社ホームページの「お荷物のお届け遅延状況について」(http://www.kuronekoyamato.co.jp/chien/chien_hp.html)をご覧ください。


なりすましアカウントは、現在はクローズドアカウントになっています。


  • 政府はオスプレイの宣伝のため、チヌークを使わなかった

『オスプレイのために自衛隊のヘリは一日遅れさせられた』というデマを流したくて仕方がない人たち
オスプレイ批判のために拡散したものですが、実際にはCH-47チヌークは活用されているという検証結果がまとめられています。


災害対策本部の資料(http://www.kantei.go.jp/jp/headline/pdf/20160417/giji7.pdf)でも、CH-47に関する記載があります。



九州電力の知人からの情報」という、流言に定番の枕詞がついていますが、ソースは一切ありません。

  • 中国でも地震懸念流言

中国地震台ネットワークセンターの潘懐文主任らが18日、記者会見し、九州で相次ぐ地震の影響について「統計的に判断して、短期間に中国で強い地震が起きる明確な状況にはない」とし、中国でも地震が起きる可能性が高くなっているとの見方を否定した。
中国社会では今回の地震で中国大陸の活断層が刺激を受け、強い地震が誘発されるのではとのうわさが広がっていた。記者会見には不安やデマを抑える狙いがある。
http://www.sankei.com/world/news/160418/wor1604180033-n1.html


※適宜更新するかもです

熊本地震に関する流言のまとめ、簡易版

熊本地震の発災以降、多くの流言がネット上に拡散されました。それらを網羅的に収集するつもりはありませんが、代表的なものを簡単に整理しつつ、改めて注意喚起をさせていただきたいと思います。

  • 被害を誇張する流言

災害時には、非日常的な環境変化によって気分が高揚するためか、被害を誇張するタイプの流言を拡散する人が後を絶ちません。熊本地震では現在のところ、「動物園からライオンが逃げ出した」「川内原発で火災が発生」「ショッピングモールで火災が発生した」といった流言が確認されています。最初のツイートを行った人たちは、まったく無関係の画像を貼りつけていることから、本人の投稿意図としては「ネタ」のつもりなのかもしれません。しかし、無用な問い合わせの電話等を増加させるなどすれば、様々な支援現場の足を引っ張ることにもなりかねず、悪質です。



熊本地震のデマ、ネットで出回る 安易な拡散には注意を
デマツイートにご注意を!「ライオンが逃亡」…ご丁寧にニセ写真付き 「朝鮮人が井戸に毒を投げ込んだ」など悪質
ライオン脱走、井戸に毒……。地震関連デマ。「業務妨害罪になりうる」と弁護士
「ライオンが逃げ出した」「川内原発で火事」Twitterでデマ拡散【熊本地震】
熊本地震のデマ、大手メディアも報道 イオン火災、ライオン逃走…
地震でイオンモール熊本クレアが火災!?

  • 災害再来流言

既に報じられているように、これからも大きな揺れが継続する可能性が高いため、警戒が必要です。しかし、「○月○日により大きな地震が来ます」といった、根拠のない予言で煽る流言には注意が必要です。東日本大震災の際にも、「【拡散希望】阪神淡路大震災は二時間から三時間後に最大の揺れがきたので、気を緩めないでください」といった流言が拡散されたり、地震予知で周囲を煽る人が存在していました。現代の科学では、そのように正確な地震予知はできません。災害に備えるのに、流言は不要です。

  • 外国人憎悪を煽る流言

外国人犯罪流言」とも似ているのですが、熊本地震では、「朝鮮人が井戸に毒を入れた」等といったツイートをする者が複数人、確認されています関東大震災時に拡散した流言をコピペしたもので、投稿した人は「冗談」のつもりかもしれませんが、流言の拡散であり、ヘイトスピーチにほかなりません。こういう書き込みを「冗談」で投稿できてしまう人が多数いることは、平時からのこの社会の問題とも言えます。

  • 政治的対立を煽る流言

東日本大震災の際には、「民主党議員が講演の場で、地震が起きてラッキーと発言した」といった流言などが発生しました。今回も、左右の政治的対立を煽る流言が発生しています。例えば熊本地震では、炊き出しをする自衛隊員の横で、自衛隊反対派が抗議をしている、という旨のツイートが行われていました。



しかしそこで紹介された画像は、2012年9月2日に行われた防災訓練への抗議の模様でした。元々の抗議そのものの賛否は色々あるでしょうが、時期が異なる画像を並べることによって、誤った印象を与えるツイートは、流言に他なりません。


この他、以前から流言であると確認されてきた、「辻元清美議員が、阪神淡路大震災時、自衛隊活動を妨害したという趣旨の書き込みが再拡散していました。



この流言については、既に下記のエントリで検証済みです。


東日本大震災時に拡散された「辻元清美が阪神淡路大震災時に反政府ビラを配っていた」という流言について
東日本大震災時に産経新聞が拡散した政治流言の再検証

  • 「支援呼びかけ流言」に注意するために

東日本大震災の際には、「【拡散希望】○○町で支援物資が不足しています、すぐに●●を送ってください」といった仕方で、誤った支援情報が拡散してしまうことがありました。正しい支援について考えるのは難しいですが、不確かな情報の拡散により、「善意の無駄遣い」をしてしまうのは避けなければなりません。そこで、少しでも何かのヒントになればと思い、3月に発売した拙著『災害支援手帖』(木楽舎)を、以下のURLで無料で全文公開しました。


http://books.kirakusha.com/saigaishien/


また、「かつてどんな流言が拡がったのか」を知ることは、これから発生する流言に対して身構えやすくなるためにも有効だと思います。当ブログの[流言飛語]タグでは、災害に関する様々な流言も紹介していますので、参考にしていただければと思います。震災関連の流言は、下記の本にもまとまっています。


検証 東日本大震災の流言・デマ (光文社新書)

検証 東日本大震災の流言・デマ (光文社新書)


※続きです
http://d.hatena.ne.jp/seijotcp/20160423/p1

「外国人留学生のせいで避難所が閉鎖」流言の再検証

※予めお断りしておきますと、このエントリは特定個人を非難することが目的ではありません。「次の災害」の際などに流言が再拡散し、排外的な動きを助長したり、現場の共生を疎外することがないようにするため、改めて検証結果を掲載しておくことが重要だと思い、エントリを立てた次第です。


さて、東日本発災後から数日後、「避難所用救援物資を根こそぎ、近隣の外国人留学生(中国韓国で七割強)が運び出してしまい、避難所の機能停止により閉鎖」という流言が拡散しました。それから5年経った3月11日、一部でこれを「デマではなかった」と主張する動きがありました。そこでは、マナーの悪い外国人避難者や留学生が存在したことや、コミュニケーション上のトラブルがあったことを指摘するレポートが根拠として挙げられています。レポートには、確かに次のような言葉が引用されています。

「外国人避難者についての課題は,(1)避難所に持ち込んだ寝具や食器,自転車等を置きっ放しで避難所を後にしたこと,(2)言葉が通じない,という2点があげられる。(1)については一か月半過ぎたところ処分し,(2)については,避難所での炊き出しや注意事項を周知することが難しかった。しかし,学生ボランティアが通訳を申し出てくれたことや,拡声器や大声で避難者に呼びかけることで日本語でもどうにか伝わることも実感した。」
「体育館に避難していた 30 代とみられる夫婦から,外国人避難者が食べものを散らかしているという苦情があった。確かに,食べ残しのある食器などを避難所の床に置きっ放しにしている様子などが見られた。また,外国人避難者が避難所内のストーブのまわりを占拠している様子なども見られた」
「三条中ではトイレの使用法が滅茶苦茶で,使用法の表示をしたり呼びかけをしたりしても改善されませんでした。避難所を閉鎖した後のトイレ掃除は本当に大変でした。また,外国人が避難所に毛布,自転車,バイク等を置いたままにして引き取りに来ないので,その処理にも苦労しました」
伊藤芳郎・朝間康子『外国人避難者と災害時多文化共生』


但し、「外国人避難者との共生に課題があった」「外国人のマナーの悪さを指摘する人がいた」ことをもって、「避難所が閉鎖した」「略奪があった」等との書き込みが「デマではなかった」とはなりません。こうした正当化は、前に別エントリで、「"部分的な正解"へのこだわり」と分類したものに当たると思います。要は「当たってる部分もあるから流言ではない」というメソッドです。しかし、重要な部分が真実でなく根拠不確かなのであれば、「(断片な事実を元に構成された)流言」という評価が妥当となります。

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2015年も、大変お世話になりました

もう2015年も終わりですね。ありがたいことで、今年も様々なお仕事をさせていただく機会を得ました。普段はあまりメディア露出告知などをしないため、自分でもどんな仕事をしたのか網羅的に振り返ることなどできないのですが、いくつか印象的なものをピックアップしたいと思います。

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義理の祖父に、特攻隊「伏龍」について聞いてきた

今年の8月15日、16日に帰省しまして。その際、義理の祖父に、戦争中の話を色々聞かせてもらいました。帰る前から、「レコーダー持っていくから、戦争のことを聞かせてほしい」と伝えていたら、色々と資料も用意してくれていました。ありがたや。


義理の祖父は、「伏龍」の隊員でした。「伏龍」を簡単に表現すると、潜水服を着て、爆雷のついた竹槍を持ち、水中に潜って、近づいてきた敵に自爆攻撃をするというものです。「水際特攻隊」「幻の特攻兵器」「人間機雷」等、様々な異名がついています。その時に聞いた話は、TBSラジオで「人間機雷『伏龍』隊員だった義理の祖父との対話」と題して放送したのですが、貴重な証言だと思うので、放送したインタビュー部分の文字起こしを掲載したいと思います。



以下、文字起こしと、ごく簡単な補足のみ掲載。

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『ディズニープリンセスと幸せの法則』誤植等一覧

2014年、星海社より『ディズニープリンセスと幸せの法則』という本を出しました。



好きな作品群について論じることのできた思い入れのある一冊です。しかし、驚くほどに誤植が多いまま世に出てしまいました。気付いただけでも、100を超える誤植・ミスがあります。7月末に「今年中に出したい」と依頼をいただき、打ち合わせを重ねてお受けすることにしたのですが、スケジュールがとにかくてんやわんや。要所で締切も伸ばしてしまいましたが、他方で編集の方にとって初めての担当本だったこともあってか、ゲラが来るタイミングがずれこみまくり、ゲラ全体をまとまった形でチェックできたのは5時間。誤字などは編集部のほうで数人体制で直していただけると言われたので、文意・論旨に専念してゲラチェックをしたのですが、甘い判断でした。見本段階で色々気づいて報告した際、担当は「すぐ2刷りで直しましょう」と意気込んでいました。それからだいぶ経ちましたが、どうも重版はなさそうな気配です。こういう仕事の仕方は二度としてはいけないと思いました。申し訳ございません。


以下、誤植一覧をまとめていきます。気付いたら増やしたり加筆したりします。

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広島平和記念資料館の被爆人形は、「怖いから撤去」なのか?

8月1日〜3日の間、ラジオ番組制作のため、広島市内で取材を行ってきた。「被爆をいかに語り継ぐのか」がテーマだった。定番の広島平和記念資料館も訪れたが、資料館は現在、改修工事が行われている。2010年に公表された「広島平和記念資料館展示整備等基本計画」に基づき、建物の老朽化対策に加え、「被爆の実相をより分かりやすく伝えるため」にと、展示内容も見直されるためだ。


ところで今回の取材では、街の声などを聞く中で、広島平和記念資料館に展示されているジオラマ人形、通称「被爆再現人形」についての話題が何度もあがった。被爆再現人形は、リニューアル後には展示から撤去されることになっている。


この撤去に関して賛否があるが、主にネット上で、「被爆人形が<怖い>というクレームを受けて撤去されようとしている」と話題になったことがある。


痛いニュース(ノ∀`) 「『人形が怖い』との意見で被爆再現の人形撤去へ…原爆資料館
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1754786.html


Naverまとめ「【悲報】『人形が怖い』との意見で被爆者の人形を撤去の方針…原爆資料館
http://matome.naver.jp/odai/2136358548947606601


これらのまとめサイトでソースとなっているのは、中国新聞が掲載した以下の記事だ。


原爆資料館被爆者人形撤去へ 実物資料重視へ広島市 来館者には賛否
http://www.hiroshimapeacemedia.jp/?p=9116


なお、「痛いニュース」では「『人形が怖い』との意見で被爆再現の人形撤去へ」とタイトルがつけられているが、まとめられた元スレッドのタイトルは、「原爆資料館:被爆再現の人形撤去へ」というもので、元々の中国新聞のタイトルのまま。これを、「痛いニュース」や「Naverまとめ」などが、タイトルを改変し、一部の反応を抽出してまとめ、拡散していたことがわかる。しかし、少なくとも市側は、「人形が怖がられるので撤去する」とは言っていない


中国新聞の記事の中では、確かに

この日、市議会予算特別委員会で議題に上った。委員の一人が「旅行代理店のアンケートに、人形が怖いとの意見があった」と指摘。石田芳文・被爆体験継承担当課長は「本館リニューアル後は、展示しない方向で検討している」と述べた。本館は16〜17年度に改修を計画している。
http://www.hiroshimapeacemedia.jp/?p=9116


というやりとりが紹介されている。そのため、委員が紹介した「人形が怖い」との意見を元に、撤去が決定されたとの印象が与えられる。では、実際にはどのようなやりとりがあったのか。


委員の質問が行われたのは、「平成25年度予算特別委員会」の3月14日(2013年)。委員はそこで、先立って旅行代理店にアンケートを行ったと述べつつ質問を行っている(参照)。


ここでの主なテーマは、資料館の入館料についてだった。その流れの中で委員より、アンケートの中に記されていた「ろう人形の展示が怖いので,怖くない順路もつくってほしい」という意見も紹介されている。これに対して、広島市被爆体験継承担当課長から、「このろう人形については,一応リニューアル後は展示しないという方向で検討している」と回答されている。


ちなみに人形の撤去そのものは、計画が公表された2010年7月時点で既に明らかにされている。基本計画の段階で既に、「ジオラマ模型」について、「本館(被爆の実相)では、実物資料の展示を中心としたありのままを伝える展示とするため、撤去や代替展示が望ましい」と記されている(参照)。だから担当課長も、「(そもそも)リニューアル後は展示しない」と応じたわけだ。


だが、このやりとりが抜粋され、中国新聞で紹介されると、委員「旅行代理店のアンケートに、人形が怖いとの意見があった」→広島市「リニューアル後は、展示しない方向で検討している」という流れで意思決定されたかのように読めてしまう。しかし、実際のアンケートの要望も、「別の順路をつくってほしい」というものであったし、委員も「撤去」を要望してはいない。さらには、撤去そのものは、質問が行われる前から決定されていた。中国新聞の記事には誤りは書かれていないが、やや紛らわしいと言える。


その後広島市は、人形の撤去について、ウェブサイト上に次のように記している。

凄惨な被爆の惨状を伝える資料については基本的にありのままで見ていただくべきという方針の下、この度被爆再現人形を撤去することとしたものであり、見た目が恐ろしい、怖いなどの残虐な印象を与えることなどを懸念して撤去するものではありません。(…)
被爆再現人形は、非常に印象に残り、当時の情景を伝えているという展示だというご意見があります。しかし、一方で被爆者の方は、無残な遺体がたくさんあり、男女の区別さえつかず、親子でさえ見分けることができない情景を体験されています。そうした状況からは、被爆再現人形に対して「原爆被害の凄惨な情景はこんなものではなかった。もっと悲惨だった」といったご意見もあります。展示をご覧になられる方の見方によっては、原爆被害の実態を実際よりも軽く受け止められかねません。来館された全ての方々に悲惨な被爆の実相を現実に起こった事実として受け止めていただき、こうした惨劇を今後二度と繰り返してはならないという思いを心に刻んでいただきたいと考えており、そのためにも誰が観覧しても個々人の主観や価値観に左右されない実物資料の展示が重要と考えております。
http://www.city.hiroshima.lg.jp/www/contents/1371543633862/index.html


平和資料館には、現在も多くの実物展示が行われている。また、写真や動画も多く展示されており、その中には、被爆者の身体が映されたものも多い。そうした中で、「Session-22」で取材した際広島平和記念資料館・副館長の増田典之氏は、「怖い<から>撤去というのは都市伝説的」であり、むしろもっと「原爆の悲惨さを伝えるため」にこそ、リニューアルの中身を検討したいという趣旨のことを述べていた。


一方で、人形撤去反対の署名活動なども行っている、撤去反対の活動をしている方のロジックを見ると、「例え作り物であっても、直感的に子供達に訴える」「最も強烈なメッセージを発してきた『被爆再現人形』を撤去しなければならない、明確な理由がない」と反論していることが分かる。すなわち、「怖い<から>という理由で撤去するな」という主張がなされているわけではない(参照)。


署名を行った方はその後、請願を行い、議会で請願内容の説明もしている。

資料館リニューアル全般につきましては、資料館更新計画や基本計画、また資料館展示検討会議の議事録などを拝見する中で、拝観ルートの見直しや実物展示により被爆の実相に迫り、被爆者や御遺族の心情に寄り添っていくという趣旨は理解できたものの、人形撤去に導いた明確な議論や理由が見当たらないため、人形撤去が妥当という解釈に至ることができません。なぜ、現代の最新技術を用い、もっと被爆の実相に迫る人形をといった、これまでの人形展示を発展させる建設的な議論が出てこないのでしょうか。
平成26年 9月29日総務委員会−09月29日-01号


要は、「怖いから撤去する/怖いから撤去などとんでもない」というところが論点になっているのではなく、「人形が被爆の実相を伝える手段として何が適当か」「意思決定のプロセスはどうあるべきなのか」といった論点がとりあげられていることが分かる。これに対し、広島市の市民局長からは、人形は常設展示からは撤去するものの、保存したうえで、企画展などの際には活用したいと応じている(参照)。


最後に雑感を。平和記念資料館を見学・取材してみて驚いたのは、館内の多くの場所が撮影可能であり、また熱線により変形した瓦など実際に触ることのできる実物展示も多いこと。また、海外からやってきたひとが多く、館内も多言語対応していること。そんななか、被爆再現人形の前で写真を撮る人は多く、国内外問わず多くのひとが足を止めていた。写真を撮り、SNSなどでアップし、人と語り合いたくなる――。被爆再現人形は現状、そうした「目玉」の一つとしての機能を帯びているとは言えそうだ。


被爆再現人形でなければダメだとは思わない。議会でも、代わりに「3DCG」などはどうかいった提案が議員から出ている(参照)。とはいえ、人形には人形の機能がある。だからリニューアルするのであれば、人形同様、訪れた人が足を止め、写真を撮り、「広島平和記念資料館に行ってきた」と人に見せ、語り合いたくなるような展示をしてほしい。もちろん、生存されている被爆者の方々が納得されるようなものであるという前提のうえで。